映画

沈黙 サイレンス('16 アメリカ/監督:マーティン・スコセッシ)

禁制時代のキリスト教伝道師たちの内面にはおそらくは布教の熱意以外にもそりゃもう色々なレイヤーが多層していたと思うが、ここではそれらはまったく描かれない。そして取り締まる侍たちの表情や物言いはえらく現代日本のお役人やサラリーマンの移し身のよ…

エヴォリューション('15 フランス/監督:ルシール・アザリロビック)

自分は併映「ネクター」の方が現実との接地面が広くて好きかなあ。あのまさに蜂の巣みたいな団地壁面のカットとかいいよね。というかこの監督の演出がいまひとつ合ってないのか、やや眠たかった。そう、まさに海水浴終盤の夕暮れの浜辺のように夢うつつの境…

ダゲレオタイプの女('16 フランス・ベルギー・日本/監督:黒沢清)

おそらく主人公は移民二世ぐらいの設定なのだが、そういった社会背景をあまり描かかなかったことが吉とでたか凶とでたかは非常に微妙。ただ、比較的に善良な人間がグラデーションを描いて倫理にもとり、その結果として犯罪の当事者になってしまう。そこに不…

ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち('16 アメリカ/監督:ティム・バートン)

冒頭のB級郊外ホラーっぽさに虚をつかれた。そのスーパーマーケットでの同級生たちの薄情なふるまいが実にリアルで、ラストシーンの浮世離れぶりをいよいよ強調する。主人公の行動がはたして逃避なのか、克服なのかよく分からなくなるあたり、なるほどティ…

この世界の片隅に('16/監督:片渕須直)

夕凪の美しさの裏面に爆心の叫喚が、家族の笑い声の隣に疎外の無表情が、美的感覚の背後に絶対孤独が棲んでいる。この映画では世界の片側が常に通奏低音で置かれて演出される。その徹底ぶりが画期的だったということであり、それが批評家以外の鑑賞者にも届…

ハイ・ライズ('15 イギリス/監督:ベン・ウィートリー)

主人公の職場をのぞくすべてのシーンが高層マンションの敷地内のもので、それが寓話性の高さを違和感のないものにしている。 四方鏡張りのエレベータが非常に印象的で、飽和した虚栄心の生み出す必然の結果としての野生化は、現代社会の正しい映し絵になって…

ことし観た女性映画5選

今年は女性登場人物をよりリアルに、これまでの古い女性像から自由に描いている作品が多かったというのが真っ先に出る感想です。 それを念頭に一年を振り返ってみました。記述は観た順です。 なお地方在住のため、封切が昨年のものも含みます。 「恋人たち」…

ことし観た映画5選 (全体版)

単純に満足度と個人的印象の強度で選びます。 なおこちらも、当方地方在住ゆえ封切が昨年のもの有り。 1.この世界の片隅に('16 /監督:片淵須直):戦争映画のようでいて、女性映画のようであり、恋愛映画ともみえる、そんな人生映画。邦画にあらたな、新し…

ひそひそ星('16/監督:園 子温)

人類が絶滅間近となった未来、その穴を埋めるがごとく超性能コンピュータやアンドロイドが静かに宇宙を飛び交っていた。主人公は『鈴木洋子』と名付けられた一体の機械人間。彼女に任ぜられた仕事は星間宅配便である。滅び行く人間たちが、ガラクタのような…

リスボンに誘われて('13 ドイツ・スイス・ポルトガル/監督:ビレ・アウグスト)

スイスで一人暮らしをしている初老の高校教師が、橋から飛び降りようとしてる若い女性を助けたことからポルトガルへの夜行列車に飛び乗る衝動が生まれる。それは、独裁制の暗い時代を純粋に生き抜いた一人の男の生涯を追う旅でもあった。 まず、夜行列車とミ…

帰ってきたヒトラー('15 ドイツ/監督:デヴィッド・ヴェンド)

ある日こつぜんと現代のドイツに現れたヒトラー。人々は当初、彼を真に迫るもの真似タレントとしてもてはやすが、最初に見出したテレビプロデューサーだけが彼の正体に気付いて… というストーリーで、コメディから序々に風刺に重心が移っていく構成の巧みさ…

ディアスポリス -DIRTY YELLOW BOYS- ('16/監督:熊切和嘉)

かつては経済の繁栄からくる熱気を持っていたであろう東京も、異邦難民からの目、そして日本人自身からも冬の弱い陽射しに薄い影を落とす生気のなさが目立つ。ロケスケジュールの都合もあっただろうが、自分にはこの映画のコンセプトがそう見えるのだ。そし…

リップヴァンウィンクルの花嫁('16/監督:岩井俊二)

主人公である非常勤講師の20代女性の行動の隙の多さっぷりに、物語前半にはツッコミしかない。しかし彼女の精神が両親の不仲からくる複雑な家庭環境や、変化の速い社会状況に長い間じょじょに追い込まれていった事は展開の中で十分に伝わってくる。ネット結…

Mr.ホームズ 名探偵最後の事件('15 イギリス・アメリカ/監督:ビル・コンドン)

ミステリー部分は焦点がぼやけているように感じられて、ただただイギリスの田舎風景と屋敷の温かみのある内装、子役(マイロ・パーカー)の演技力と庶民的で自然な愛らしさが印象に残った。映画としては、まあそれだけでも鑑賞できたといえるかも。

バーダー・マインホフ 理想の果てに('08 ドイツ・フランス・チェコ/監督:ウーリー・エデル)

ドイツ赤軍「RAF」の若者たちの軌跡をドキュメンタリー・タッチで追う。かつての大戦の最中に吹き荒れたファシズムへの反省と、冷戦構造の中で大国のエゴイズムが吹き荒れる時代背景のなか、若者が行動によって示そうとした理想が、社会に存在する避けえない…

キャロル('15 アメリカ・イギリス/監督:トッド・ヘインズ)

「映画」をつくるとは美について言葉以外で語ることである。 あらゆる感情を曇りガラスや雨粒を通しておぼろげに伝えるこの映画は、すべてを台詞にしないことで、すべてをこちらに預けてくる。 劇中の人物の弁を借りれば『私たちは醜くないはずよ』と。美し…

クリムゾン・ピーク('15 アメリカ/監督:ギレルモ・デル・トロ)

寒風吹きすさぶイングランドの荒地に立つ城。赤みの強い粘土の採掘で知られたその山頂では、積もった雪の上にすら紅い水が染み出す。どれだけ拭っても消えない血のように。 そんな不気味な場所へ嫁入りするのが純真率直なヒロインであるイーディスなわけだが…

ヴィヴィアン・マイヤーを探して('13/アメリカ 監督:ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル)

研究素材として古い街の写真を求めていたマルーフが競り落とした膨大なネガフィルム。その撮影者はヴィヴィアン・マイヤー。芸術界では無名であり、インターネット上で検索してもまったく情報に当たることはできなかった。そこでさらに入手した幾つもの箱の…

恋人たち('15/監督:橋口亮輔)

新婚の妻を無差別殺人で亡くした建造物調査員、夫や姑との家庭とパート勤務先との往復に閉塞した主婦、有力事務所に勤務して弁護士活動をこなしながら同性愛者として思い悩むキャリア青年。三者の恋情の軌跡が交互に綴られる。それらは独立して交わることが…

ベルファスト71('14/イギリス 監督:ヤン・ドマンジュ)

イギリス軍の新兵が民族運動の火種がくすぶるアイルランドの街へと派遣される。ただの警戒任務だったはずが高まりゆく人々の昂奮の中、一人だけ隊から切り離されてしまう主人公。そこから彼の一晩の地獄行が始まるのだが、危機の訪れ方、その瞬間のタイミン…

チャイルド44 森に消えた子供たち('15/アメリカ 監督:ダニエル・エスピノーサ)

ソ連時代に一地方で起こった児童連続殺人事件というメインモチーフだが、演出上の主眼はその背後に置かれている国民相互の密告が横行したスターリン体制下の非人間性にある。たとえばヒロインの同僚の女性教師が聴取のために連行されていくシーンの悲鳴など…

マッドマックス 怒りのデス・ロード('15/オーストラリア 監督:ジョージ・ミラー)

シリーズ第3作は観ていないのだが、よくテレビ放映されていた第1、2作目とくらべると寓話性が高いために暴力描写にショック・アブソーバーがはたらいている感じが非常にスマート。とはいえ、妻子を殺され大義を見失いさまよう男、マックスのキャラクター…

野火('14/ 監督:塚本晋也)

太平洋戦争に徴兵された作家が主人公という時代設定から、モノクロ映画の質感を残したレトロ調のフィルムに仕上げてあるのかなと想像していたが、実際には天然色という飾り文句が浮かんでくるようなジャングルの木々と花とが鮮やかな映像だった。その点もあ…

横道世之介('13/監督:沖田修一)

80年代半ばに大学時代を送った横道世之介とその仲間たち。彼らの不器用な青春と、それから十数年後のそれぞれの生活とが、交互に描かれることでノスタルジーとそれを超えたなにかが呼び覚まされる。世之介の生涯の結末については、物語中盤に淡々とかつ唐突…

神々のたそがれ('13 ロシア/監督:アレクセイ・ゲルマン)

文明が800年遅れた惑星へと地球からの調査団が降り立つ。そこで神のように崇められるドン・ルマータであったが、彼にも惑星の住民たちの集団的な蛮行を止めることはできず、ただそのるつぼへと流されていくだけであった。 モノクロ映像で淡々と描かれていく…

百日紅〜Miss HOKUSAI〜('15/監督:原 恵一)

「カラフル」から劇場で監督の作品を観始めた自分だが、ここまでの三本の作品で共通する印象があって、それを何かに例えて表現するとすれば“日光写真”がもっとも近い。当てる光は淡く、像が定着するまで時間はかかるが、なぜか記憶の中にずっと残る手触りを…

劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス('14 フィンランド/監督:グザビエ・ピカルド)

オープニングアニメは原作のイメージ通りの描線タッチや色彩感覚が強い。そこから主な舞台である海辺のリゾート地へ移ることで、少しずつ太陽の色であるイエローが主調になっていき、そしてムーミン谷へ帰還するエピローグ部ではまたシックな色調に戻ってい…

ジョバンニの島('14/監督:西久保瑞穂)

終戦直後の色丹島住民の苦難が題材となっているが、これは単純な戦争批判映画ではまったくなく、あえてジャンルにわけるとすればチャイルドフッド・ムービーだろう。後悔の苦さをも含めて、子供時代のきらめきを大人になってから顧みる視点で作られている。…

嗤う分身('13 イギリス/監督:リチャード・アイオアディ)

近未来、常に夜のような街で働く青年サイモン。計算機の前で機械の一部のように働いて穴倉めいた家でテレビドラマを視るのだけが気晴らしの生活の中で、彼の唯一の光明は同僚女性のミナだった。そんな中、なぜか自分と同じ顔と名前を持つジェームズが入社し…

ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2 (’13 デンマーク/監督:ラース・フォン・トリアー)

二部仕立てで総体として四時間の大作だが、観ていて飽きることがないのは、象徴性の強いタイトルがそれぞれ付けられた8つの章に分けられていた事と、ユーモアがうっすら漂う余裕のある雰囲気が(特に女主人公が若い頃の気ままな性の冒険を綴ったvol.1におい…