マナートの娘たち
文明交錯
マナートの娘たち
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追燈
君と宇宙を歩くために
君と宇宙を歩くために - 泥ノ田犬彦 / 第1話 ワン・ジャイアント・リープ | &Sofa
発達障害を持つ当事者の心情が、ともに現実を生きる存在として主体的に描かれるようになったのは近年の数少ない良い社会的現象だなと思う。«どんなにつらくても泣くのは家の中で、外はだめ»という内容のメモに胸が締め付けられる。
ひとりでしにたい
線場のひと
to-ti.in
戦後すぐの日本。戦禍の街でかつて恋情を確かめ合った二人の女学生を軸にセクシャルマイノリティの米兵、アイデンティティを固めるために収容所から志願した日系アメリカ人という男性陣が絡み、行く先のみえないドラマを展開していく。情念の形は当事者の意識にしっかり沿っており展開はしばしば現実を反映して過酷なのだが、描線のたおやかさと淡々とした演出の静かさが独特の雰囲気を醸し出す。現在はヒロインの一人が消息知れずの同級生を待ちきれずに戦争花嫁の一人になってシアトルに到着したところ。
聖地には蜘蛛が巣を張る ('22 デンマーク・ドイツ・スウェーデン・フランス/監督: アリ・アッバシ)
監督の前作「ボーダー 二つの世界」は強い質感を放ちながらも複数の社会要素のストーリー上での咀嚼が荒い気がしていたが、本作ではそのウィークポイントが解消されて最後まで緊張の糸がたゆまない。前半は連続殺人スリラー、後半は法廷サスペンスという趣向の二本立ても効いていた。物語の決着は、運命を決める意思決定の在り処や企図があやふやなまま描かれるが、それもむしろ現実味をさらに増して感じさせる。犯人は、自分自身が権威主義の代行者になり他者の存在を毀損していたとともに、さらに上位の権威者によって処刑の不安さえ彼らの権益のダシにされた格好であり、その皮肉さは絞首刑の実行のリアルな再現とともに私たちが生きている現代のこの瞬間が不条理で動いていると鮮明に描き出す。この映画でもっとも生き生きとしていた人物は、威勢のいい口数の多い娼婦だが、彼女が犯人に殺される一連のシーンは異様なまでに写実的に撮られる。女が個性を持つことそのものが罪悪であると顔をしかめる社会が地上にいくつもある現実を伝えるかのように。なお、犯行が明確になった後でさえも犯人の娼婦連続殺人は裁かれるべき悪行ではないという人治主義の訴えの社会的盛り上がりを見せる様子には、あるいは数十年後には自分の国もこういう権威主義国になっているかもしれないと思うと本当にゾッとした。いちおう表面的には理性的なインテリたちが法を動かしているという描写も並行しているのがまたリアルで怖いのだ。
フリークスアウト ('21 イタリア・ベルギー/監督:ガブリエーレ・マイネッティ)
冒頭、マジックリアリズムを採り入れた夢のように美しい画面に突如ナチスドイツの蛮行が闖入する。邪魔すんじゃねえ!ナチ公!!偉そうなあいつらぶっ殺し!多毛症のサーカス団員をしつこくからかい嘲笑った罪で首コキッされてトラックから投げられて、後続のバイク巻き込んだシーンがなぜか笑えてしょうがない。通常とはモラル意識が変わってしまう昨今めずらしい破天荒アクション映画だ。かと思えばユダヤ人として逮捕されて列車に押し込まれる苦境の中でも見知らぬ子供をはげます老人というストレートに情の通った描写も入り込む。それらがマーブルケーキのように混じり合って、そしてクライマックスのナチス追撃隊VSフリークス四人andパルチザンのなにがなんだかわからない乱戦で夜空は花火大会のように彩られる。電気ビリビリ娘と虫あやつりアルビノざんねん美形青年との淡い恋は、そこだけポップメルヘンなんだが浮いてはいない。この二人を主役にしたことによりストーリーは殺伐とした殺し合い展開が多いのに、全体としては色使いや質感がおとぎ話の絵本のようにシックで美しい仕立てになっているというセンスが最高に評価できる。
不死鳥と鏡
メアリ・ヴェントーラと第九王国
ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り ('23 アメリカ/監督:ジョナサン・ゴールドスタイン、ジョン・フランシス・デイリー)
ディズニーランドやUSJのアトラクションを3つほど入った後のような満足感が得られる。こんなまったき充実感を得られる映画は久しぶり。しかもその時の楽しさだけじゃない。反芻にたるお土産までもらえる。だって吟遊詩人なんていう直接戦闘しない職種の中年男性が、剣ではなく心で仲間や娘と力を合わせて、世界転覆を狙う悪意の存在と戦うんだぜ。とにかくストーリーもギミックアイデアも演出テンポもキャスティングも完璧。
崖上のスパイ ('21 中国/監督:チャン・イーモウ)
開戦前夜の導火線くすぶるような中国。雪の野で任務成功を言葉すくなに誓いあう男女四人の抵抗組織工作員たちのシーンが美しい。日本の憲兵が乗車してきた長距離列車の優雅な雰囲気の中での立ち回り、映画館を待ち合わせ場所に利用する冬の上海の瀟洒な通り、ヨーロッパのモノクロ映画のような潜伏先アパートの静逸さ。凄惨な流血のシーンとそれらの情景とが違和感なく溶けあう、映画黄金時代への回帰を意図したような画面づくりがとにかく印象に残る。…それだけに検閲逃れとしてやむを得なく演出を曲げたとしか思えないラストシーンのお涙頂戴ぶりのチープさが、浮いてみえた。
フィールダー