リスボンに誘われて('13 ドイツ・スイス・ポルトガル/監督:ビレ・アウグスト)

スイスで一人暮らしをしている初老の高校教師が、橋から飛び降りようとしてる若い女性を助けたことからポルトガルへの夜行列車に飛び乗る衝動が生まれる。それは、独裁制の暗い時代を純粋に生き抜いた一人の男の生涯を追う旅でもあった。
まず、夜行列車とミステリーという組み合わせにワクワクする。次にリスボンやスペインといった南欧の風景の美しさ。重層的なドラマ面同様に、いくつも愉しみのフックがある作品で深い満足感を持った。ストーリーは自殺を図った女性の素性や、独裁政権の時代に抵抗主義に身を投じた若者たちの行方など、複数の謎をはらんで進行するが、もっともミステリアスな箇所は、とある女性がひとつの選択をするクライマックスの場面だろう。彼女の心理を追うヒントはひとつならずあるが、どれを採用するかは鑑賞者の側に託されていると思う。その豊かな含みが、その後に挿入された海岸のシーンの抽象的な美しさをより引き立たせる。