2021年7月に読んだ本まとめ

水底の女

 私立探偵フィリップ・マーロウが主役のシリーズ第四作。ミステリとしてギミックや構成の一般的な評価は特に高くないらしいが、自分がここまで読んできた村上訳版の中では、最も原著のニュアンスを感じ取れた気がする。タフなフリーランスとして大企業社長のマウントにも引け目を見せない様子だったマーロウが、組織的な腐敗を隠そうともしない警官の威圧の前に自尊心を少しずつ傷付けられていく様子がさりげない文体の技巧で積み重ねられていく。数年間も不遇の遺族として耐えてきた老夫妻から情報提供を受けたことで二人のためにもといくつかの殺人をめぐる捜査へのモチベーションを取り直すわけだが、直截に内面の変化を言語化して説明しないことで、逆に作者が描きたかった市井の人々の心の淀みをあぶりだす翻訳の手際にまったくブレがなく惚れ惚れした。

 

一度きりの大泉の話

 この本が形になった動機はシンプルで、萩尾先生はもう自分の元へ『大泉サロン』なるものにまつわる話を持ってこないでくれと宣言されている。なぜならそんなものは無かったのだと。自分と竹宮先生とが一年間ほど同居して、そこに才能豊かな漫画家やその卵たちが集ってはいた事実はあるものの、結局そこにあったのは誤解のあるコミュニケーションだけだったと虚しさを込めて萩尾氏は述懐する。ご自分には理解しかねるものを封印してさらに前に進もうとするために。若い頃の多感なやりとりというものは、第三者にとってはかなり説明するのが難しいと思うが、萩尾氏は優れた記憶力と冷徹な考察眼とでもって、当時に起こったすれ違いについて記述する。距離感を取り損ねた友情の瓦解に、多くの人がため息をもらすのではないだろうか。かくいう自分も比べ物にはならない愚かなしくじりばかりしてきた記憶が刺激されて、ゆえにより思うのだ。やはり才能と努力を併せ持った人たちは少しの傷があらわになっても輝きが鈍ることはないと。そして確信してしまった。『大泉サロン』での奇跡的な交流の真実を。ただ、漫画好きの矜持として覚えておこうと思う。ここで読んだ内容を忘れたふりをしてこの言葉を使うことは絶対すまいと。