2020年3月に観た映画まとめ

幸福路のチー ('17 台湾/監督:ソン・シンイン)
努力して渡米を果たした主人公女性の逡巡が、ひと昔前の台湾風俗や歴史的事件を背景につづられる。全体的なラインとしては高畑監督の「おもひでぽろぽろ」を思わせるが、内面に抱く希望が飛翔するイメージの豊かさは、アニメーションならではで見ごたえがあった。

羅小黒戦記 ('19 中国/監督:MTJJ)
これは中国アニメ史における『AKIRA』にあたるエポックメイクでは?!とクライマックスに至るまでに静かな興奮を覚えた。何度も観たくなる域に達した複数の面で魅力を放つ、エッジでいて柔軟なアクション・キャラクター映画。

スケアリー・ストーリーズ 怖い本 ('19 アメリカ/監督:アンドレ・ウーブレタル)
オチがテーマへと敷衍するグリップが弱いのが残念。救えなかった仲間たちをどう再び拾いあげるのか、もっと提示できることはあった気がするのだ。ティーンエイジャーの描き方の、略化と現代性との兼ね合いはかなり好きな塩梅だった。

音楽 ('19/監督:岩井澤健治)
原作の絵柄を完全再現している凄さと、音楽の力をダイレクトに伝えようとする趣向の力強さにはインパクトがあったが、物語の起伏の少なさは自分はややきつかった。

プリズン・サークル ('19/監督:坂上 香)
社会復帰プログラムを先進的に取り入れた、日本で数少ない民間委託刑務所の内部は非常に興味深く、また収監者の青年たちが端的に語る子供時代の過酷さはほとんど追体験してしまうまでにイメージが鮮明(これはシンプルな線のアニメを用いた演出も秀逸)。収監者には、しばしば自分自身への冷徹な客観視と、的確な表現力を持つ個人が確認できるように思う。これは果たして私の側のバイアスに過ぎないのだろうか。

エセルとアーネスト ふたりの物語 ('16 イギリス・ルクセンブルク/監督:ロジャー・メインウッド)
監督自身の両親を伝記風にあたたかみのある線の手描きアニメーションで回想するスタイル。同じ労働者階級ながら、上昇志向がうっすらとある政治的にも保守派のエセル、声高に述べたいわけではないにしろ社会には立ち止まり考えるべき面も多いと感じているアーネストが、大戦に翻弄されたり-ロンドン大空襲の音響演出は耳を塞ぎたくなる臨場感-、一人息子の成長過程に戸惑いつつも添い遂げる様子は、それぞれの晩年の淡々としたリアルな描写によってより絆の替え難さが浮かび上がる。

(配信で視たもの)

静かなる情熱 エミリ・ディキンスン ('16 イギリス/監督:テレンス・デイビス)
作中で朗読されるディキンスンの詩だが、文学史上の位置付けに無知なせいか自分にはあまり琴線に触れるところがなかった。エミリ自身の率直さ以上に、その父の懐の深さと現実対応力との兼ね合いに感銘を受けたという事もある。

女神は二度微笑む ('12 インド/監督:スジョイ・ゴーシュ)
ダンスや歌のないタイプの、ハリウッド製サスペンスアクションに寄せた、珍しい(のかな)インド映画。筋書も人物描写も、もう一歩凡庸さから抜け出るに及んでなくて惜しい。