2018年12月に読んだ本まとめ

さらば、シェヘラザード

主人公はポルノ小説で糊口をしのぐ若い作家。新作へのすすまない筆に彼自身の家庭事情、煮え切らない過去の思い出がついつい載ってしまう。そしてそれは現実生活において無視できない問題へと発展してしまう。面白い切り口であるものの、手法に目を見張るというまでは届かず、装丁によっては単に古い翻訳物としか自分には受け取れなかったかもしれない。

 

木に登る王:三つの中篇小説

時代設定の違う三つの中篇による構成だが、その共通テーマは後半に入るまで明かされない。古典的にして現代にもまったく古びず通じるその問題は、人の精神と存在の不可思議に思いを馳せずにはいられない事柄である。その重層性が、それぞれのクライマックスの時が止まったような緊張感のある美しさを象っている。

 

最初の悪い男

最初の悪い男 (新潮クレスト・ブックス)

最初の悪い男 (新潮クレスト・ブックス)

 

四十代の妄想を生きる糧にするタイプの冴えない女が、軽率でいて人を惹きつけずには置かない二十歳の上司の娘を同居させる羽目になる。とうぜん生まれる衝突、そしてそこからリアルでいて奇妙なやり取りによる紆余曲折が発していく。予定調和がどこにもないのは、ミランダ・ジュライが作品上で一貫してパーソナリティの可笑しみと尊厳とを両立させてきた一つの精華だろう。何も思うように進まないが、気がつけば切望していたものが形を変えてそばに居る。それは多くの人が経験する事である。生きるためにちゃんと傷付きたい。そんな歌詞があった事なども思い出す。ほとんど匂いまで感じさせるような人物描写がつづくが、自分がなかでも忘れられないのはカウンセラーにして受付係でもある女性。彼女と主人公シェリルとの距離感が好きだ。技法面では、他者と初めて意識的に触れあうことで自分を客観視していくシェリルの様子がごく自然で素晴らしい。

 

インヴィジブル

インヴィジブル

インヴィジブル

 

 アメリカの大学生がフランスから来た職業不詳の男と知り合い、そこで抜き差しならないトラブルに巻き込まれる。第一部は大学生の一人称、第二部は大学生が記述するあえて二人称で綴られた回顧録、第三部は大学生の知人による聞き書きの三人称のスタイルを取ることで、序々に事実が霧の奥に紛れ込んでいく人間の不可思議さを印象付ける。ラストシーンの峡谷にノミを打つ音がこだまするパノラマが鮮烈なイメージをもたらすが、そういえば都市から始まる事がほとんどのオースター作品では、こういった自然の圧倒的な物量が迫る情景がよく描かれるなと気付いた。

 

伝道の書に捧げる薔薇

伝道の書に捧げる薔薇 (ハヤカワ文庫SF)

伝道の書に捧げる薔薇 (ハヤカワ文庫SF)

 

 ゼラズニイはこれまでそんなに読み込んでこなかったけれど、こうして短編集にいざ当たってみると、わりかし当たり外れの多いタイプなのではないかなと感じた。そんな中でやはりいいなと思うのは、遠い星で寂しさに身を震わせながら状況に向き合う男を主人公とした表題作のような作品。ドライさの中にふいに圧倒的な詩情がこぼれ出す。