橋の上の「殺意」

著者ひさしぶりの書き下ろし。二年半に及ぶ取材により、畠山鈴香事件の発生から刑確定までを追う。幼少時より家庭の内外で理不尽な扱いを受けていた畠山容疑者のこれまでの道程は傍目からみると「荒涼」そのもので、むしろ家庭を持とうとし何度失敗しても就職の意欲を持っていた事自体にいじらしさすら感じる。社会から孤立していたといって言い過ぎでない状態ながらも、母や弟とは良好な関係を保っていたようであるし、何より本人自身が自律神経失調症に悩まされて服薬生活を送りながらも、他人と関係を持つ事をあきらめていない点に、彼女のもがきという名の闘いを見た思いがする。橋の上で自分の幼い娘を突きおとしたその背後にあったもの、その時に容疑者の心の中に起こっていた状態は何だったのか。残念ながら裁判によってその事が率直に検証されたとは思えないし、マスコミの論調からも世論誘導の匂いの方が事件解明への意志よりも強い。容疑者をかばいだてするというのではなく(そもそも社会性動物である人間が、裁判の被告になる事自体が大きなストレスと捉える)、その後押しを間接的に行った社会ないしは世間の“空気”にも痛みわけする面がなければ、それこそ近代法での裁きは原始的なリンチと内実は変わりなくなってしまう。

橋の上の「殺意」―畠山鈴香はどう裁かれたか

橋の上の「殺意」―畠山鈴香はどう裁かれたか