ボルドーの義兄

ボルドーの義兄

ボルドーの義兄

漢字一文字を日記代わりに手帳に記す女性が主人公の長編小説。短い各章の頭に漢字が置かれ、そこからイメージを膨らましていく手法を取っているようではあるものの、その中身にテーマはおそらく、ない。多和田葉子は成人してからドイツに在留してマルチリンガルな活動を続けている作家だが、それゆえにか彼女の作品の焦点はストーリーそのものよりも言葉を扱う行為へのパースペクティヴな姿勢の方にある。そんなわけで非常に純文学というカテゴリーが似合うわけではあるけど、しかしどの作品にも必ず読後にも余韻がつづくフレーズが入っているあたりに作家としての奥深さを感じたりもする。本作では、臨終近い夫との生活を回想する女性の言葉、“異性を救うことはできない。せいぜい笑わせることができるだけ”といった内容のものと、主人公が亡くした飼い猫のこれまた臨終の時を思い出して述懐する“不幸の重さは変わらないけれど笑うことでその重みに耐えることができた”という箇所が沁みた。この人もまた、文学の力を信じつづけている強靭な感性の作家。