2020年11月に読んだ本まとめ

江戸の人気浮世絵師

江戸の人気浮世絵師 (幻冬舎新書)

江戸の人気浮世絵師 (幻冬舎新書)

  • 作者:内藤 正人
  • 発売日: 2012/07/28
  • メディア: 新書
 

江戸時代の代表的浮世絵師15人を、当時の評論メディアによる番付や日本美術史における重要度をかんがみて選出。当時の相対的評価や、現代での研究上の位置付け、また絵師個人の生涯も端的に知ることができた。

 

ラスト・ストーリーズ

ラスト・ストーリーズ

ラスト・ストーリーズ

 

遺作となった短編集。技巧が深すぎるために読みが追い付きづらい部分もいくつかあったが(露出狂のケースを扱った作品は訳者解説を読むまで意味をどうにも取れなかった)が、最後に収録された少女ひとりと中年女ふたりの間の微妙な空気とその余波を描いた作品はトレヴァーにしかあぶり出せない情景だなと感じ入った。真相は藪の中に置かれたままの母と青年の会話の作品もいい。

2020年10月に読んだ本まとめ

遊郭

遊廓 (とんぼの本)

遊廓 (とんぼの本)

  • 作者:豪, 渡辺
  • 発売日: 2020/06/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

現存する各地の遊廓建造物を写真で紹介したもの。色タイルとステンドグラスの多用が印象に残る。売春資本が公的認可され、やがてかつての苦界としての姿が溶解していく歴史を解説した著者自身のコラムが勉強になった。それにしても、昭和中期まで稼働していた施設が多いせいか、意外と陰鬱ではなくてむしろポップさが入った内装なんだなと感じた。

 

月岡芳年 月百姿 

月岡芳年 月百姿

月岡芳年 月百姿

  • 作者:日野原 健司
  • 発売日: 2017/09/04
  • メディア: ペーパーバック
 

数十年イチオシの浮世絵師である芳年だが、遺作となったこの続きものを通して鑑賞したのは初めて。あらためてこのレベルの発想と構図とを百枚描き通したのは凄い筆力と気力だと思う。それにしても荒事だけではなく、忠義や仁性をほのめかすのみの趣向の多さには、昔の日本人の教養の高さを感じた。

 

2020年9月に観た映画まとめ

マルモイ ことばあつめ ('19 韓国/監督:オム・ユナ)

やや人情もの寄りの演出になっているのが自分のストレート・ゾーンからズレていたが、母国語を自由に綴り出版する権利そのものよりも、行為としての辞書編纂に命を賭ける(観念上は同じことだがシナリオセンスの問題)ストーリーには心を動かされるものが。暗くならない案配のサスペンス要素で飽きずに観られた。

 

TENET ('20 アメリカ/監督:クリストファー・ノーラン)

白状すれば、最終作戦の経過とかラストの主人公の殺人行為の意味とか完全にわからない!でも画面のインパクトと、折々に像を結ぶテーマのためのイメージ(ボートから思いきりよく海面に飛び込む水着の女性等々)とで楽しめた。ノーランは映像の魔術師。物語の紡ぎ手としての技量は保留中だが。

2020年8月に観た映画まとめ

透明人間 (’20 アメリカ・オーストラリア/監督:リー・ワネル)

犬は無事だが身内は大惨事です映画。トンデモSFアイデアでシナリオ構築してるものの、今の進歩スピードなら10年後実現してるやもしれぬ‐‐‐とギリギリ思わせて、どうにか没入感を損なわない。スリラー演出のタイトさ、展開の読めなさ、ラストの会話のキレとかなり美点の多い作品。あと人種キャスティング案件でここまで自然に対応された映画はなかなか無い。

 

スピリッツ・オブ・ジ・エア (’88 オーストラリア/監督:アレックス・プロヤス)

寓話ファンタジーのようなポストアポカリプスSFのような。若い頃に観ていたらまた印象深度が違ったかなーと思った。こういう赤い砂漠みたいな場所で孤立した風情の人々って、80年代後半のCFでよく見かけたが、それはむしろ「バグダッド・カフェ」の方の影響か。

 

海辺の映画館 - キネマの玉手箱 (’20 監督:大林宣彦)

率直にいって半分以上寝ていた。メイン人物たちが時空を超えて活動映画を駆け抜ける趣向が、総大成というより焼き直しに見えてしまって。幕開けと閉幕の現代サイドは好き。

 

2020年7月に観た映画まとめ

ルース・エドガー (’19 アメリカ/監督:ジュリアス・オナー)

黒人生徒と黒人教師の学内での対立を描く。もうこの時点で新しい。はっきりとした形のない敵意の応酬は、出口もなければ飽和点もない。ゴールのないランニングに喘ぐルースのラストショット。

 

どこへ出しても恥かしい人 (’19 監督:佐々木育野)

いやぜんぜん恥ずかしくないやん!と早々にツッコまざるを得ない被写体・友川カズキの飄々と楽しげに生きる姿。もっと深く射し込んでほしさは多少あるが、高齢者といっていい年代の独り身の目新しいモデルスタイルとしては印象に残る。

 

ジョン・F・ドノヴァンの死と生 (’18 カナダ・イギリス/監督:グザヴィエ・ドラン)

うーん、自分あまりこの監督と相性よくないみたいね。ラストシーンの仕掛けは感心したのでミュージックビデオとして五分でまとめ直してほしい感じ。

 

ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語 (’19 アメリカ/監督:グレタ・ガーウィグ)

途中までは原作通りなだけに、終盤の説明セリフなしで展開されるトリックには驚かされた。二重に奏でられる女性のエンパワメント。これは、"私"の、"私たち"が綴る、物語。ミスでもミセスでも変わらない。

 

はちどり (’18 韓国・アメリカ/監督:キム・ボラ)

両親の夫婦げんかの数日後、少女は割れた照明ランプの笠を見つける。光にかざしたその形の意味するところは、少女だけが知る。親に、兄妹に、友人に、社会に、揺り動かされても、自分の形を見いだすことは誰にも止められない。韓国社会の躍動感が通底音で響く。

 

ナイチンゲール (’18 オーストラリア・カナダ・アメリカ/監督:ジェニファー・ケント)

暴力が蔓延する植民地時代のオーストラリア。主人公もまた復讐の怒りに駆られて凄惨な攻撃を加えるが、真実の仇に相対したとき長年の被虐に心を覆われ遁走する。その味気ない無残さ。震える声で特権者の酒場で歌う以上の勇気を持たないやるせなさは、ラストシーンでも変わらないが、今はまだそこから始めるしかないのだろう。虐げられた者同士を見いだし合うしか。

 

ホドロフスキーのサイコマジック(’19 フランス/監督:アレハンドロ・ホドロフスキー)

ホドロフスキー監督、チリでどんだけ人気よ!と驚かされるカリスマぶり。その心理治療の様子は世紀をまたいだ今みるとカルト集団?インチキ商法??と眉にツバをつけざるを得ないが、ドキュメンタリーの体裁で撮られながらも荒野や街並みの空気感や色彩の際立ちぶりに、たしかにこれは魔術師の手業ですわなと妙に納得した。

2020年8月に読んだ本まとめ

掃除婦のための手引き書

昨年の内に読んでおかなかったことが悔やまれる一冊。自伝的な短編の数々から浮かび上がる、客観性を保つ知性、豊かな経済環境からの社交性、複数の恋愛関係が語る美貌。だのに!小説の主人公たちは酔って身体に触れてくる祖父の野卑さに耐え、シングルマザーになった後は酒屋の開店を震えた手で紙幣を握りながら待つ。世界は複雑にこんがらがりすぎ、人生は手にあまりすぎる。それでも彼女の筆致は瑞々しい。だから、地上の煉獄は終わらない。朝がグラデーションを描いて夜と交替する。喉を澄んだ空気が今日も刺す。

2020年7月に読んだ本まとめ

おれの眼を撃った男は死んだ

おれの眼を撃った男は死んだ

おれの眼を撃った男は死んだ

 

書名から連想するのはギャングノワールの陶酔感。しかしこれは違った。そのセリフが唇から漏れるのを端で聞かされる、暴力を振るわれる前からその腐臭を嗅がされつづけてきた者たちの視点で描かれた短編集なのだ。伏せられた眼は決して閉じられる事はない。自分たちが暴力を振るう側になった時とともに忘れたりはしない。2020年最良の邦訳小説。