2023年10月に観た映画

大いなる自由 ('21 オーストリア、ドイツ/監督:セバスティアン・マイゼ)
ざらざらとした光線の撮り方が実にドイツ風土のイメージに合致。まるでブルーフィルムが上映されているかのような冒頭の審理シーンが、性愛というプライベートの最たるものを成人同士の合意という条件に関わらず隠し撮りされるというシュールさと権力の有無を言わさぬ横暴な冷たさを印象付ける。さらに精神的な残酷さを示すのが、同性愛の恋人が飛び降り自殺を実行した後に、何の説明もなく懲罰房から中庭に出される主人公のシーンで、まるで看守たちまで彼の反応をうかがいみて楽しんでいるような空気が伝わる。そこでもう一人の主役格の囚人が起こした行動が、人間が人間である事のかろうじての証を立てる。ラストシーンの主人公の振る舞いともども、現実では目の当たりにする可能性が薄い展開だが、共感と愛という人と人の間に流れるべきものを同性愛抑圧者たちの方こそが見失っていると示すメッセージとして鮮明に焼き付いている。男性同性愛処罰の刑法が廃止されたのち、出所した主人公の身の振り方には『自由』の意味をあらためて考えさせられる。自由とは欲望の放埓の事ではなく、誰のそばで生きるかについて決める意思の問題なのだ。

ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地 ('75 ベルギー/監督:シャンタル・アケルマン)
会話は少なめでとにかく生活音が画面から始終襲いかかってくる。特にジャンヌ自身の靴からのかかと音がせわしなく耳障りで、彼女が徐々に傾いていく神経症的な世界を追体験する呼び水となる。毎朝毎朝、几帳面にホテルのベッドメイクのように折りたたまれる息子の寝台兼ソファ(機構があまりにも完璧で感心した)、代り映えしない夕食のメニューを表情を変えることなく一定のリズムで作りつづける主婦ジャンヌ。彼女の日常サイクルが狂いだす時、それは精神の突破口とはならずに秩序からの追放を意味する破滅を招きよせる。人生に落とし穴が多すぎる以上、自分の心を押し殺して社会システムに尽くすよりも納得のいくように生きる自由さこそが宝なのだと思う。