2023年8月に読んだ本

オレンジ色の世界

吹雪の山頂で開かれているパーティーでタダ飯を食うために凍えながらリフトで運ばれる親友同士の少女たち(パーティー客たちは「シャイニング」のホテルの人々のような存在感)、滅び浸水した世界でゴンドラを漕ぐ姉妹たち(ヒロインの容姿に対してのこちらの先入観をゆさぶってくる叙述)。角度を45度変えると光線も意味も違う様相を見せる。時間も関係も静止したような世界で、しかし色彩と肌触りはいまだ見る者に何かを語りかけてくる。


覚醒せよ、セイレーン

欧米では学校のテキストにも採用されているというオウィディウス『変身物語』に登場する女性たちの声を、彼女ら自身の中から聞き取って、略取や強姦、冤罪から来る深い嘆きの視点を再構築する短編集。なかでも現代のシチュエーションを採り入れた長めの作品の印象が強い。父や夫からDVを受けるミュージシャンの生活の言葉を綴った『エウリュディケ』、資本主義のもとで教条化したスピリチュアリズムを赤ん坊の育児に取り込む自慢げな新人ママのおしゃべり『アルクメネ』、楽しい旅のガイドが徐々に凄惨な復讐の様相を活写していく『プロクネとピロメラ』。かと思えば、長年連れ添ったパートナーとの間の永遠に続く埋もれ火のような絆を語った『バウキス』は古典を清新な言葉で語りなおす試みで、最高神ゼウスの姿を直視してしまう『セメレ』はタイポグラフィのスタイル。海を泳いだかと思えば地をのたくり、まばたきの後には風を縫って翔ぶ。意識下のおもむくままにギリシア神話の人物たちの主体を語った著者の自由な姿勢が、あらかじめ奪われていた女たちの声を集め、束ねていく。