2022年12月に観た映画

ある男 ('22 監督:石川 慶)
 石川監督はデビュー作「愚行録」以降、少しずつ作劇や演出にウエットさを加えていっており、たとえば本作では弁護士がファイルを顧客の前でバンと叩きつけるカット、ジムのオーナーが煮え切らない弟子の態度に激昂するシーンなどは、本来はもっと滑らかに前後と接続して描写できると思う。だけれど、おそらくは商業的要請を受けてしまっている。そこは少し残念。
 だが、品行方正なエリート街道を歩む人権派弁護士が、まるで自分という植樹を自分自身で切り倒したいかのような謎めいた行動を取るエピローグ(背後には幻聴としての木こり音)の余韻はこれまでのどの作品より見事だった。それらと山間にひっそりと暮らす文具店一家の心の落ち着きのパートとはきちんと調和が取れており、全体としてバランスはかなりいい。

MAD GOD(’21 アメリカ/監督:フィル・ティペット
STAR WARSなどで活躍した特殊撮影の達人によるオリジナル企画のストップモーションアニメ。いったんはお蔵入りしたもののクラウドファンディングにより完成したという一時間半のプライベート感あふれる作品。ずっと地獄めぐりのような光景がスクリーンに映し出され(ベチョベチョグチャグチャしてないシーンは0.5割ぐらいしかない)言いようもなくエグくグロい画面なのだが不思議と自分は故郷に帰ってきたような穏やかで落ち着いた気持ちになっていた。宗教的だが猥褻なまでに威圧感のある巨大なフィギュア像、人体か動物の死骸が並んでいるのか区別のつかないライン工場。すべて自分の悪夢の定型でおなじみだったのである。ストーリーの流れはほとんど掴めなかったが、描写として起こる整然とした理不尽な社会構造は実生活上での遭遇とさほど印象として違いはなかったので、分からないけど理解るわーと、時折気持ちよくレム睡眠に導入されながらも興味深く観終わった。特に記憶に残るのは、実験対象らしき数体が捕らわれた部屋の扉を開けて閉める潜入者のシーン、同じく潜入者が紐人間みたいな一体と見つめあいつつ見捨てる場面、あとナースがうなぎの寝床みたいな私室で眠ろうとして赤子の泣き声の幻聴に目をパチッと開けるカット。陰惨な雰囲気は漂わずに全体としてユーモアというかペーソスに覆われた箱庭的世界観なんで、わりと間口は広いんじゃないかと思う。観客席に若いグループやカップルの比率が高かったし。