2022年9月に読んだ本

愚か者同盟

60年代のニューオーリンズ。初老の母と二人暮らしの自称哲学者イグネイシャスは、無職の身から脱せねばならなくなり、傾きかけた縫製工場の事務員や路上ホットドッグ売りを経験する。我を通して独自の理念で動く上に大柄で風変りな彼はどこに行っても混乱をまき散らし、関わった人々の間にひとつの激しい渦を起こす結末へと物語は進む。映像的なセンスでクルクルと場面が小刻みに移り替わる章立てはテンポがよく、描写は適度な濃さで取っ付きやすい。マイノリティへの個々の背景に視点をあてる姿勢はポリコレが注目される現代を先取りしているかのようで、それによって弱者への理解を深める企業経営者というストーリーにはいくばくかの甘さも入っている気がするが、アメリカという国の雰囲気、当該キャラクターのそれまでのお人よしプロットなどでバランスはギリギリ取れている。現在まで続く社会の様々な諸問題-パワハラレイシズム・属性差別-が織り込まれているが、切り口はあくまで軽妙で何度も笑いをこぼしながら読んだ。それにしても、イグネイシャスの老母が自分自身の人生を取り戻すことで結果的に息子の自立を促すことになる終盤の流れるようなリズムはほんとうに映像的で美しい。

ワーニャ伯父さん/三人姉妹

親族のために自分らしく生きることを犠牲にしてきたと、内心で鬱屈を抱えていた独身のワーニャ伯父さんが亡き妹のかつての夫に怒りを爆発させるのだが、その絶妙なせせこましさがかなりリアルに感じられる。それに比べれば伯父さんの姪のひそやかな悩みはまだまだ解像度が甘い気がするが、彼女にはまだ若さが残っているという点を加味すれば妥当なストーリーテリング。心傷ついた者同士、ひっそりとした田舎でなるべく穏やかに神への感謝を忘れず生きていきましょう、という非常に現代にも通ずるテーマで深く感じ入った。これから折々に読み返そうと思う。同時収録されたおなじく戯曲の「三人姉妹」も、内なる良識をかえりみることなく行動するタイプに振り回される地味な人々のやりきれなさを描いていて癒された。ともかく老女中が救われてホッとしましたわ。チェーホフグッジョブ.