2022年12月に読んだ本

アホウドリの迷信

二人の翻訳者が、近年の英語圏短編小説から気になる作品を持ち寄る形式のアンソロジー。意図せざる結果と思うが、男女比率は1:7で女性作家が多い。主観と客観のあわいが溶けていくスタイルの独特な印象のものが多く、全体的にダウナーというか気だるい雰囲気の一冊だが、合間にはさまる編者ふたりの作品への感想を語り合う対談で興味がたるまず読める面白い構成になっている。ケリー・リンクが大好きな自分としては、マジックリアリズム的な二作『「野良のミルク」、「名簿」、「あなたがわたしの母親ですか?」』(サブリナ・オラ・マーク) と『アガタの機械』(カミラ・グルドーヴァ) が大当たりだった。言葉遊びの技で、救いきれない誰かの生にひとときのスポットライトを当てる営み。やりきれないけどそれだけではないストーリーたち。


地図と拳

義和団の乱から太平洋戦争までを、複数の登場人物の視点を交替させつつ群像劇として激動の時代を描き出す。綿密な取材と独自のアイデアで織りなす堂々たる長編に仕上がっており、こんなスケールの日本小説には久しぶりに当たったなという興奮をおぼえた。"建築"という個人の創造的な意志と、"暴力"という破壊への集団性の衝動とが大陸の上で交錯する。膨大なプロット、数々のサブエピソードを繋いでいく様子は、主人公の須野明男が設計図を引いていく姿とメタな印象で重なり、集団の中という条件から決して逃れられない個人の可能性と無力さとを、明男の視点と一体化しながら代わる代わる味わうことになる。粘り強く主観と客観のバランスを取った描写を積み重ね破綻なく構成が練られた力作で、だからこそ終章でシンプルすぎる二つの言葉にまとめる形を作者が選択したことが画竜点睛を欠いていて残念だ。