2021年6月に観た映画まとめ

閃光のハサウェイ ('21 監督:村瀬修功)

ロボットアニメでありながら、徹底して照明効果やカメラ構図を実写映画寄りにすることで、従来のガンダムシリーズのファンに新味を提供するとともに、そのシャープなビジュアルイメージによって新規の客もつかんだ。テロリズムに走る青年が主人公という、アニメ映えしないはずの原作を同時代感のある空気を画面から漂わせた村瀬監督や小形PDの功績は、トピックを超えて事件である。

 

ビーチ・バム まじめに不真面目 ('19 アメリカ/監督:ハーモニー・コリン)

(たぶん)90年代初頭のフロリダ。大富豪の妻を持つ詩人の主人公は、彼女の死によってホームレスに身を落とす。だが以前から思うがままの無軌道人生をおくっていた彼は恬として臆することなく、亡き妻の願い通りに詩をつづり、人生を味わい尽くすのだった。…実話がベースということで、ハートウォーミングに仕立てる手もあったと思うが、この主人公の所業はかなりアウト。車いすの老婆(たぶん妻が雇ってる庭師の母)を転がしたり、金を奪うために友人と共に見知らぬ老人の頭を酒瓶で殴ったりする。しかし、なぜだかあまり観ていて引っかからなかったのは、コンプラ全盛時代にあってあえてこういう時代もあったのだと厚顔に映画として仕立ててくる制作上の覚悟を見たからかもしれない。芸術の発露は無原罪かという、常に問われる問いをすらーっとスケーティングしつつキュートで爽快な偉人伝になっている。マシュー・マコノヒーのウェーヘヘヘという笑い方とネコチャンがかわいい。ネコチャンは無事。フロリダの夕焼けは最高。なおタイトルは渚のろくでなしという意味。

 

水を抱く女 ('20 ドイツ、フランス/監督:クリスティアン・ペッツォルト)

ギリシャ神話を大元とする水の精霊「ウンディーネ」伝説を、現代を舞台に大胆に翻案。不条理さと陳腐さとを常に行き来する90分間で、その緊張感こそが、人生における恋愛の二律背反だよなあと思案する。痴情のもつれのエネルギーとはそれだけで畏怖すべきものなのだというのが、愛した男に捨てられる宿命を持ちつつ相手の運命を握る女の悲劇に込められたものではなかっただろうか。冒頭、キュレーターとして観光客をガイドするウンディーネは恋人から別れ話を告げられる。心を自分自身でまとめかねているような落ち着かない様子は、整った顔立ちさえ魅力をぼやけさせる。しかし新たな出会いからより満たされた愛を実感した頃から彼女はみるみる輝きを増し、そしてその美しさが頂点に達する頃、決定的なシーンに辿り着く。そこまでが、微妙な画角コントロールと繊細な照明センスとで、なめらかに心の変化が映像として定着させられていく。そして終章ではおとぎ話のように黎明のような色彩で、最後の愛が囁かれることとなる。

 

漁港の肉子ちゃん ('21/監督:渡辺 歩)

細身の小学生女子とボンレスハムのようにふくよかな母という組み合わせが既にフェティッシュなのは気のせいだろうか。だから中盤を過ぎて明かされる親子の秘密については意表を突かれたんだよなあ。ロジック、あったんかい! …日をまたぐと勢力が入れ替わっている高学年女子の学級事情、端正な顔をくしゃおじさんムーヴで緊張を無意識に解くチック症の同学年男子、血縁もないのに不思議なほど親切な焼き肉屋店主。世界は矛盾のパッチワークで、しかし足元が揺れる防波堤に繋がれたボートで暮らすキクコの眼にはすべてが澄んだカラフルさで映るのだった。猥雑さと透明感が同居する色彩設計が完璧にすばらしいね。常に不定形に動き続ける、不安でいて魅惑の人生観をみせる蓋然性の高いアニメーション。

 

クワイエット・プレイス 破られた沈黙 ('21 アメリカ/監督:ジョン・クラシンスキー)

シリーズ前作は観てないが、宇宙からきた音でおそってくる奴から逃げるんだね、人類は滅亡した!で理解した。三人兄弟の長女が、オタク知人に似てたりバルテュスの「コメルス・サン・タンドレ小路」の少女を思わせたりと、つまり実在感に満ちていて良いキャスティング。だから中盤で彼女を連れていこうとする蛮性人類ズにはモンスター以上の嫌悪感を持たされるのだった。あと特に印象的だったのは、男の妻の遺骸のシーンね。人生経験薄い子供にはあれは恐怖たまらんね。穏やかなタイプの大人に潜む狂気。かくもあらゆるホラー展開が続いて、最後には、多様性の称揚で収めるんですよ。もうその手際が少しもクサくなくてね。そうそう自分が最新映画に求めてるのこれなんですよって嬉しくなった。母親が自分の子を「あの子こそ生き延びるべき子なのよ」って心からの表情で他人に訴えるのもグッときた。シャイニング。

 

Arc アーク ('21/監督:石川 慶)

ダンスのシーンからすでにカメラワークは凡庸、キメポーズに溜めがなくて照れてちゃダメだお!という印象が生まれたんだが、終盤に近付きいよいよ邦画紋切り構成は極まる…が、そこで吹雪ジュンの臨場感あるせん妄シーン、それを経ての小林薫との雪の駐車場の年甲斐のないキャッキャッ描写で、ああここまで突き抜けて愚直に演出するなら、それはそれでアリだな。これがクライマックスになるSF、それが日本映画なんだって、観ててこっちも踏ん切りが着いた。あともう少し雰囲気を締められるとすれば、寺島しのぶとの対立構図に近い緊張関係のある共感をもっと全編に引っ張っておくのが良かったかも。