失脚/巫女の死

失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選 (光文社古典新訳文庫)

失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選 (光文社古典新訳文庫)

スイスの作家、デュレンマットは主に20世紀中葉に活躍した劇作家にして小説家で、長らく日本においては正当に評価されてこなかった経緯があるらしい。今回収録された四篇は選りすぐりといって遜色ない作品ばかりで、読み終えたあとの満足感は相当なものだった。主人公への自己投影が濃密な「トンネル」の場面描写とラストセンテンスの鮮やかさ、会議での冷たくも激しい政争がなぜかときに爆笑すら誘う密室劇の「失脚」、現代批評の視点の鋭さが意外でありながらも蓋然性を極めた終局を迎える片田舎でのセールスマンの奇妙な体験「故障」、そして古代ギリシアの悲劇、オイディプスのエピソードを無名の人物を設えることでより複雑で合理性のある物語へと解き明かされる「巫女の死」。強靭な理性と柔軟な感性の作家が紹介されたこの文庫の出版は、意義が大きい。