Peace('10/監督:想田和弘)

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日常的な穏やかさで満たされたドキュメンタリーだが、そこにあるのは、知っているのに知らない日本の現実の姿。ゆえに特に海外の人たちに観てほしいと思う作品。赤字運営でしか成り立たない福祉タクシーを毎日動かす想田監督の妻の父、おなじく福祉に直接携わりながら関係事務所の経理もこなす義母、義父に付き添われて買い物や回転寿司に出かける障害を持つ男性、義母の定期的な訪問を受けながら生活保護受給により一人暮らしする90歳代の男性。すべての登場人物たちは才能も個性も突出しているとは特にいえない人々だが、テレビや映画でよく登場する「ふつう」の人々像とはまったく違う風合いを持つ「個人」。カメラはことさらに彼らの衝突や感情に激する場面を追うことはない。それなのにこの映画は強い印象を観た後にも放つ。地方都市・岡山での夕暮れの空の下、帰路に着く義母の車の助手席でカメラを構える監督の視点に感覚を重ねる時、私たちは自然に想像してしまう。今日会ったあの人の記憶や心にどんな風景が定着しているのだろうと。空の下に無数の精神が色とりどりにただ並立している様を、考えずにはいられなくなる。…なお、第一級の猫映画であることもここに明記しておきたい。…人にせよ、猫にせよ、来歴についてあえて詳しく斬り込むことのない監督の手法は、かえってこちらの想像力を起こしてくれていたように思う。三毛猫の前脚の怪我が自分は気になって仕方なかったけれど(こちらについては監督の著書「なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか」で分かる)。