各国の神話をそれぞれの作家がリライトするプロジェクトの一環として日本では
桐野夏生が「
古事記」内の黄泉比良坂エピソードでもって書き下ろし単行本化…という経緯のようだけど詳しい事は知りません。興味をそそられる国際企画なんでこれからも追いたいところなんだけど。さて本作の主要登場人物は構図をリフレインした
カップル二組。片や、夫婦として子までもうけた後に仲たがいし対照的な立ち位置となった二柱の神であるイザナキと
イザナミ。もう一方はそのずっと後でのごくありふれた貧しい南の島で同じ様に夫から裏切った形の人間の男女。前者の女が後者を諭す形で物語はすすんでいくものの、オチに至っては後者が前者の決断を見守る形でもって包み込む事となる。読者は救いもまとまりもない終幕に煙に巻かれる気持ちを抱くが、その疑問を晴らす鍵となるのは冥界の女神におとしこまれた
イザナミが自分の侍女である物語の
語り部に発する告白「一番つらいのは“女神”であること」。つまり作者は、神話化によって恨みさえ固定化され抽象化されてしまう、男の陰であるところの女一般の魂に澱む澱を徹底的に見据え、かつ否定しない事を、最後の女神の元夫への処遇によって宣言している。主人公は読者の視点を担うことによって、作者の目論見に読者を加担させる役割を持たせられている。
桐野夏生おそるべし。