2021年9月に観た映画まとめ

ドライブ・マイ・カー('21/監督:濱口竜介

選び取った関係を演じるという事、虚実を分けずに言葉を発する事、相手の《声》を体の中で反響させるために《耳》を傾けるという事。しかしどれだけ耳を澄ませてみても、結局は胸の中の《反響》しか聞き取れないのが人間というものだから、自分自身が抱え込む矛盾同様に、相手の矛盾もそのままで受け止めて腹に据え置くしかない。

だからこそ、人は演劇という身振りと≪声≫のリフレインの場所に何かを見出そうとするのかもしれない。つまり、演じるという事と虚構である芝居を観て感じるという事は共犯関係にある。映画の終盤。聾者俳優の手話が風を切るように空間を超えて訴えかける。じっと目を凝らし耳を澄ます。聞こえてくるのは自分自身の声の木霊かもしれなくとも。

…語ることの無意味さを問う話でもあるので、感想を言葉にするのが難しい。誰かの運転に身を委ねることで新しい何かが見つかるという教訓は感じ取れたかもしれない。とにかく、主人公たちと同じ車内に乗り込んで一緒に空気を嗅ぐような三時間だった。

 

子供はわかってあげない ('21/監督:沖田修一)

グリッター感をあえてギリギリまで抑えた高校生役の主役ふたり。彼らにギラギラさはないのだが、令和のいまそれが嘘っぽくは見えない。昭和なら二人は下着姿でプールに飛 び込んでそしてハイトーンな恋の告白。…だが結局はこの映画でも切ない告白なのである。あの山場が自分はあまりスッと心に入らなかったんだけど、だってこの二人は最初から相性ピッタリで、なんら告白までに障害なかったでしょうっていう。そのあたり御座なりに思えてすこし惜しかった。惜しいといえば自分を捨てた形の実父への主人公の心理描写も不足気味と思う。浜辺の古びた家でのキャンプムービーとしては非常に満足できた(ぜいたく言えば夏まっただ中の封切タイミングで観たかった)。風景の構図の取り方、光線バランスに一貫した演出の趣きがあってそれは実に監督のいつもの味だった。

 

ベイビーわるきゅーれ ('21/監督:坂元裕吾)

バイオレンス描写がゴロリと生々しいままなのは、作品の一貫性を弱める形になっていて残念。主人公コンビの殺し屋稼業という無法をコミカルなまま話を運ぶには、敵対者のリアリティラインも揃える必要があったと思う。平成Vシネマと令和ポップとの融合のための攪拌が足りてなく感じた。主演ふたりの動きのキレの良さ、会話のテンポや発語の空気感は出色。メイドカフェでの鮮やかな逆転劇はスカッとする。

 

レリック -遺物- ('20 オーストラリア、アメリカ/監督:ナタリー・エリカ・ジェームズ)

老いた母の介護のために孫娘を伴って娘が戻ってくる。薄暗いスペースの多い屋敷、位置関係のよく分からない隠し部屋、認知症のために疑り深くなってしまった老母。娘と孫娘、親子ふたりの精神は徐々に屋敷と持ち主の湿ってまとわりつく空気に飲みこまれていくが…ラストの意外な展開で、物語は看取りの寓話へと落着していく。認知症の脳内感覚を屋敷という空間に転化してみせたアイデアで勝負する一作。まあ短編だったらもっとしっくりきたかな…

 

DAHUFA ‐守護者と謎の豆人間‐ ('17 中国/監督:不思凡)

アリの巣のような敵の本拠地が悪夢でみる迷路のようでとても良い。人間と豆人間は双方ともデフォルメ度合いが違わないので寓意性が高くて現実の世界にはどうにも接地してこないが、このアニメ作品の場合はむしろそれで物語のシンプルな造りとそれに合わせたストイックなアクションとを無心に楽しめる気がした。状況をそのまま自分の人生に引き比べることはできないのだが、キャラクターたちが感じる情愛には響いてくるものがあった。

 

君は永遠にそいつらより若い ('21 監督:吉野竜平)

性器が大きいと悩むバイト仲間の、笑いにも苦悩にも振り切れないシーンには途中退出を考えるラインまで行った。あれは古い描写に思えたなあ。とはいえ、それをフラットに聞かされる/聞いてしまう主人公のキャラクター立てとしては効果的に感じなくもない。主役二人の関係性が中盤で急激に展開するが、あまり予測が付いてなかったのでかなり驚き、それからは没入度が上がった。ずっと不条理と向かい合いつづけること。自分の中の青さから目を背けないことの辛さと意味とを問いかけてくる映画だった。あと文系大学生のキャンパスライフを、ここまでリアルに描いた作品は他に無いのでは。

 

レミニセンス ('21 アメリカ/監督:リサ・ジョイ)

水面が上昇した世界を薄暗い照明で統一した色彩感と構図とに没入させられる。主人公が思い続けるミステリアスな恋人が、少年救出のために裏切るシーンはもっと静的な方が良かった。キャラクターの統一感がやや損なわれている気がする。同僚がバーで命知らずの奇襲を仕掛けるシーンは女性キャラへの現代的解釈でとても好き。悪役が主人公を追い詰める言葉がネオリベの心性を思わせたのもメッセージ性を受け取ってグッときたな。

 

2021年秋期のアニメ視聴状況

(下にいくほど視聴脱落の可能性高し)

テスラノート

鬼滅の刃 無限列車編/遊郭

半妖の夜叉姫 弐の章

吸血鬼すぐ死ぬ

ルパン三世 PART6

ワールドトリガー3rdシーズン

メガトン級ムサシ

逆転世界ノ電池少女

境界戦機

サクガン

<前期からの継続>

SHAMAN KING

まさかの10本越え。なお前期まで視ていた遊戯王SEVENSは脱落しました。流し見で筋は追いたいとは思ってる。

第61回2021秋調査

アニメ調査室(仮)さんにて開催中。以下、回答記事です。

 

2021秋調査(2021/7-9月期、終了アニメ、43+4作品) 第62回

01,RE-MAIN,x
02,Sonny Boy,B
03,EDENS ZERO,x
04,カノジョも彼女,x
05,よるわまわるよ,z

06,ダイナ荘びより,x
07,うらみちお兄さん,x
08,ヴァニタスの手記,x
09,ぼくたちのリメイク,x
10,東京リベンジャーズ,x

 

11,ゲッターロボ アーク,S
12,出会って5秒でバトル,x
13,ひぐらしのなく頃に卒,x
14,迷宮ブラックカンパニー,x
15,探偵はもう、死んでいる。,x

16,ピーチボーイリバーサイド,x
17,小林さんちのメイドラゴンS,x
18,ぷっちみく♪ D4DJ Petit Mix,z
19,アイドリッシュセブン Third BEAT!,x
20,魔入りました! 入間くん 第2シリーズ,x

 

21,デジモンアドベンチャー: (2020年版),x
22,せいぜいがんばれ! 魔法少女くるみ 3期,x
23,100万の命の上に俺は立っている 第2シーズン,x
24,乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…X,x
25,チート薬師のスローライフ 異世界に作ろうドラッグストア,x

26,転生したらスライムだった件 第2期 第2部,x
27,D_CIDE TRAUMEREI THE ANIMATION,x
28,SDガンダムワールド ヒーローズ,x
29,僕のヒーローアカデミア 第5期,x
30,現実主義勇者の王国再建記,x

 

31,天官賜福 (日本語吹替版),x
32,死神坊ちゃんと黒メイド,x
33,平穏世代の韋駄天達,x
34,魔法科高校の優等生,x
35,月が導く異世界道中,x

36,女神寮の寮母くん。,x
37,かげきしょうじょ!!,x
38,不滅のあなたへ,x
39,闇芝居 九期,x
40,精霊幻想記,x

 

41,俺、つしま,x
42,NIGHT HEAD 2041,z
43,BLUE REFLECTION RAY 澪,x
44,(2期 8話) 指先から本気の熱情2 恋人は消防士,x
45,(2期 8話) マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 2nd SEASON 覚醒前夜,x

46,(2期 8話) 戦乙女の食卓II,x
47,(地上波初放送) ぶらどらぶ,x

 

〔寸評〕

「Sonny Boy」B:MVのように感覚的に視るにはいいが、ひとつながりのストーリーとしては掴みが弱いために、ドラマのうねりがいま一つ。専業脚本家の参加が欲しかった。作画の見所は数え上げきれないほどあり、特に猫の写実的な愛らしさが素晴らしい。

ゲッターロボ アーク」S:子供の頃に根付いたダイナミックプロ魂を突然に焚き付けられて心躍る1クールを送ったこと、鬼籍に入った原作者の意図を丁寧に汲んだのちにオリジナルのアレンジを組み込んだ勇気ある姿勢に励まされたことに感謝を告げたい。とにかくシリーズ構成が巧みで、キャラにしゃべらせ過ぎない脚本も好み。プロデュース、演出、プロットと三拍子が揃っていた。作画が悪くてもまったく気にならない不思議な作品でもある。

 

2021年9月に読んだ本まとめ

海の鎖

編者が長い翻訳生活の中で選り抜いた、偏愛SFアンソロジーというコンセプトということもあり読んでみてすぐの印象はそれぞれ地味なのだが、構成やレトリックの巧みさ、テーマ性の卓抜さで滋味がじきに後追いしてくる。「神々の贈り物」や「海の鎖」で大テーマ“世界の変容”と小テーマ“視点人物の内面の事情”とが交錯して語られるその哀切さ。現実の展望を検証するリアリストの諦観と、サイエンスフィクションを愛する者として想像の射程を伸ばす視点が巧みに交錯する「フェルミの冬」のあまりに繊細な完璧さ。そして「最後のジェリー・フェイギン・ショー」のクールな可笑しさ。『未来の文学』レーベルの掉尾を飾るにふさわしい余韻だった。

 

椅子に座って、いつでもできる 着席ヨーガ

配信動画再生しながら体動かすの面倒だし、ヨガマットいきなり買うの躊躇するしなーという時におススメ。簡単な動作だけしか紹介されていないものの、ヨガを実践しながら同時になぜこの動きをするのかという思想アプローチも付いてるので、初心者の求める情報量によく合致していると思う。

 

女のいない男たち

映画「ドライブ・マイ・カー」の原作…というより文章でのイメージボード集にあたるか。一旦は側にいて存分に触れられたはずの特別な女を心の中で見失った時、男の精神に何が起こるのかを、それぞれ異なった設定で綴る短編で構成されていて、少しだけ不条理で現実離れした内容も時には混じる。主人公たちは、そもそも相手との距離を測るメルクマールさえ自分が持ったことはなかったのではという気付きに至る。…村上春樹の小説は久しぶりに読んだけど、相変わらずすぐセックスの話になるなーという印象だ。男女のパートナーであっても性交が恒常的に行われるとは限らない世界観の小説は、令和の今いくらでもあるので(やれやれ昭和の男根主義者は)とぼくは首を振ったわけだが、語り口の視点(ギアだ)を入れ代えて日常描写に運命論の静かな断定形が流れ込む時、構文ドライビングテクニックの巧さにやはり唸らされる。うん、ノーベル文学賞もらうべき。

 

八犬伝(上・下)

曲亭馬琴が晩年に至るまで手掛けつづけた講談本「南総里見八犬伝」を現代文に起こしたパートと、偏屈をやや通り越して偏執の性を持つ戯作者馬琴が江戸の町に住まうパートとを交互に構成するというアイデアだけでもう大天才。これを新聞小説として毎朝読んでいた80年代の読者がうらやましい。上巻は八犬伝パートが面白く、下巻は現実世界の馬琴の深くとめどない懊悩の描写に強く引き込まれる。これは八犬伝という物語の出来の不均等さ(山田風太郎自身が地の文で評している)に由来もするが、それ以上に馬琴が老いと病と困窮と孤独の中で、戯作そのものに次第に揺るがない歓びを見つけるというテーマの企みとなっている。<虚>と<実>とが同じ地平で綴られる最終章では思わぬ形の伴奏者すら見出だされていて、絵物語でしかない小説になぜ人は真剣になるのかの鋭い洞察となり、八犬士と馬琴と作者との三つの次元が繋がれた面にすら構図が見えてくる。

2021年8月に読んだ本まとめ

植物忌

 植物が人体と融合する近未来の日本を舞台に、異なるシチュエーションの短編によるオムニバス小説。ジェンダーの可視化がサブテーマとなっていることでよりアクチュアリティが高まり、情感を抑制した文体がカラフルでフレキシブルな絵巻となって脳内に蔦を伸ばすような、開放感と閉塞感とが同時にやってくるスリリングさがある。

 

グスコーブドリの太陽系 -宮沢賢治リサイタル&リミックス-

朗読会の舞台で語りなおされる宮沢賢治作品。一人蚊帳の外に置かれた形ともいえるザネリの心理に着目した章がいちばん印象に焼き付いた。冒頭に置かれた鳥捕りの子供たちのエピソードの詩情も響く。

 

飢渇の人

短編というくくりの中でも更に短めの小品と、トリに収録された表題作とで構成された寓話性の高い日本オリジナルの一冊。読んでいるだけでオブジェクトがまとうホコリがノドにつまっていきそうな疑似感覚の横溢はすべての作品に共通。たとえばお互いが同じタイミングで死ぬことだけを望む老夫婦が迎える“客”から展開される短編の切なさが、五月革命の混乱を背景にした孤独な者たちを描いた中編でさらに高まっていく。人はパンのみに飢えるわけではない。息の根が止まっても響きつづける叫びがある。

 

機龍警察<完全版>

テレビアニメで言えば4~5話分ぐらいで収まりそうな、冗長な構成にならないようにさりとて物足りなさも覚えないぐらいの、娯楽としてのギリギリのバランスを追求した印象の読み心地。主人公が拉致されてから、一度場所を変えて当局の捜査を攪乱するぐらいの引っ張りはあった方が良かったかもしれない。巻末付録としてあるメールインタビューなどからも明らかなように、作者はあえて戯作っぽさと現実の人間のリアルな心理描写とを織り交ぜていて、その繋ぎのコントロールによって人間が中に乗り込む等身大ロボットに近いパワードスーツという“大きな嘘”が浮かないようにしており、警察小説とSF読み物との融合の成功例として挙げるに躊躇されない。続くシリーズでは組織の腐敗具合にさらに足を踏み入れる事は避けられないと思われるので、その点に注目して読みたい。

2021年8月に観た映画まとめ

クローブヒッチ・キラー(’18 アメリカ/監督:ダンカン・スキルズ)

もしも自分の父が未解決連続殺人の犯人だという証拠に気づいてしまったのなら…という悪夢そのものなシチュエーションを平熱な演出で日常のつづきのように描き出す。それによって、同じように日々だれもが何かを見て見ぬふりをしているのだという意図がじんわり伝わってくる。だから一度は見過ごそうと懐柔を受け入れた少年の姿と、ラストシーンでの彼の姿とはまったく乖離しては見えない。生きている人間はすべてが、今ある<絆>のために誰かを見捨てる者なのだから。その責任を各々がどうとらえるかに違いがあるだけだ。サスペンススリラーなのに、あらゆるカットがほっこりとした柔らかな生活感に包まれているのが一貫した手法になっていてその統一性の高さが素晴らしい。

スーパーノヴァ ('20 イギリス/監督:ハリー・マックイーン)

数十年の生活を共にしたパートナーたちの最後の日々を描く。それを初老の男性同士で描くというだけの内容なのだが、それが映画として作品として受け入れられるまでにかかった年数のことを思う時、超新星を夜空に想像する意味が十全に分かる仕掛けなのかもしれない。その時がくれば自死の覚悟がある(あえてそうしない覚悟)、覚悟がないことを認める覚悟(打ちのめされてもルーティーンを続ける覚悟)、相反する意思に引き裂かれる劇中の二人を見ていると、異性婚にしろ同性婚にしろ、個人として独立しているからこそ一緒に生きる意味があると感じることが発見できた。

 

〈ネット配信で視たもの〉

VIDEOPHOBIA(’19/監督:宮崎大祐

クラブで知り合った見知らぬ男のマンションでの情事を録画され、インターネットに放流された女性の焦りとその後の生活。在日韓国人という主人公の設定は作劇の重心に明確に置かれるわけではないが、地下水脈のようにひたひたと常に意識される演出となっている。若い主人公の無意識を常にトレースされているような感覚と、その母がひとりきりの居間で垣間見せる疲れ果てた表情とは時間軸だけをずらした同一のものなのだ。肩を叩かれるラストカット。そこに生活者としての強さを見るか、今にも崩れ落ちそうな精神の断崖を見るか。

 

クワイエット・プレイス(’18 アメリカ/監督:ジョン・クラシンスキー)

劇場で観たシリーズ第二作が面白かったので、順序が逆になったが時系列が前のこちらもあたってみた。家族の来歴を理解するには良かったが、ストーリー構成的にほぼ同じ。しかも第二作の方がシナリオも演出も発展形として各段に洗練されているので、こちらを飛ばしても良いので第二作の方を観ましょう… ところでドジっ子(母譲りか?)でビビリな長男が愛すべきキャラですね。

 

夜空はいつでも最高密度の青色だ(’18/監督:石井裕也

口にのぼらせる言葉を過剰に溢れさせて同僚をうっとおしがらせる現場作業員の主人公を演じる池松壮亮のギリギリセーフ感にスリラーを覚える。画面に映る生活感すべてが受容できるギリギリなあたり、彼は現代日本を人格化した妖精なのかもしれない。とすればこれは、石橋静河演じる看護師が、キャバクラの副業をしたりしながらも東京での生活とそこに暮らしつづける自分を何とか愛して肯定しようとする映画なのだ。

 

おもかげ(’19 スペイン、フランス/監督:ロドリゴ・ソロゴイェン)

失くしたわが子に似た少年を愛してしまった中年女が見る中流家庭の敵視地獄絵図が、現実的に見ても作劇上でも妥当な反応だけに耐えがたいまでにキツかった。しかしこういう風に幻想を廃してなお残ったものが見つけられるこの映画を支える視点は、つよく鍛えあげられている。恋愛は幻想がないと出来ないけど、幻想を手放すことでしか相手を確認できないものなんだ。現代のコンプライアンスを導入してもここまでに純粋な恋愛映画が出来る。曇った日の方が多い渚の映し方がほんとうに美しかったな。

 

ばるぼら(’20/監督:手塚 眞)

手塚監督の「白痴」は公開当時も好きだったしもう一度観たいと思ってる。本作のデカダンぶりも決して悪くない。が、翻案としてどうもグリップが弱くて入り込めなかった。もっと現実と幻想との意識を弱めるか強めるか、どちらかに振れてほしい。クリストファー・ドイルが監督した撮影は重厚感があって良かった。

 

ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒(’19 アメリカ/監督:クリス・バトラー)

ストップモーションアニメ。スタジオライカの抑え目な彩度の画面基調は好き。探検家の相棒となる類人猿(先人類?)が街で摩擦を起こす様子がもっと見たかったかも。列車、海上、氷山と次々に移り替わる舞台はリッチではあるけど、印象がばらけてしまっているとも感じた。…あと探検家はもっとマッチョな方がドラマにメリハリ効いたかも。

2021年7月に観た映画まとめ

グンダーマン 優しき裏切り者の歌 ('18 ドイツ/監督:アンドレアス・ドレーゼン)

全くの余談だが、友人から想い人を寝取る展開は「バック・ビート」を、愛する人に抱擁されて苦悩と向き合う覚悟を決める主人公の感情表現に「ミュンヘン」を、そして社会生活のままならなさに縛られることなく自らの才能を思う存分に拡げる芸術家の姿に「ビーチ・バム」を思い出していた。グンダーマンが素性のあやふやな男に勧誘され、意識してかしまいでか友人や隣人を裏切り売り渡すような"副業"に手を染めて、そして情報が開示されるその時には身の振り方に動揺する。東ドイツのシュタージ協力者の視点から映画をつくる事で、弱さはあっても悪人というカテゴリーには及ばない大勢の姿を逆照射する試みが新しい。ヒエラルキーが温存された労働と社会システムの象徴として何度も映る巨大ロボットのような石炭採掘重機、バックバンドの演奏と共に胃の底に響いてくるグンダーマン役俳優の歌声が印象として焼き付く。なお、時間が行きつ戻りつする構成はやや分かりづらかった。

 

竜とそばかすの姫 ('21/監督:細田 守)

ネット世界を荒らす嫌われ者の正体への布石があまりに貧弱で、リアルなDV描写が構成の中から浮いてしまっているのが残念。主人公の家庭観と絡めて構成すればもっと有機的なシナリオになったはず。同級生とのやり取りもあまりに表層的だが、なんだかんだで等身大の自分をさらけ出して特定の誰かの心を開こうとする展開への繋ぎ方には胸の中でこみ上げるものがあったのは演出力の高さのおかげ。カラフルで空間認識に長けた電脳世界の描写はスクリーンで映えて、またメジャーリーガーのバットを振り切るシークエンス、カヌーが河をくだる中景など、純粋にアニメとして目を引くシーンがいくつもあった。

 

ライトハウス ('19 アメリカ、ブラジル/監督:ロバート・エガース)

プロメテウス神話が人物からモノローグのように吐露され、二人の男たちは灯台の中心部を独占することが、男性中心主義における支配権と同一だと取り憑かれているとうかがえる。海という女性原理の象徴に何度も惑わされるが、それも彼らの妄執を強めるのみ。…という寓意は観て大分経ってから当てはめた。正方形に近いスクリーンサイズの中、モノクロに煮詰まっていくかのような閉塞的な世界観。権力に飢えた者はその空虚さに眩むことで転落して内臓を永遠についばまれる。…もう一度、エロスに注目して観返してみたいな。

 

<ネット配信で視たもの>

愚行録 ('17/監督:石川 慶)

もつれにもつれた男女模様の聞き取りから浮かび上がる、底無しの足の引っ張りあいに、シンプルに描かれた殺人行為がカタルシス一歩手前に映る。いつか誰もが、自分が誰かの感情や衝動の『器』にしか過ぎない存在と気付いてしまうとすれば、殺人とは誰もが日々書き綴る<愚行録>の単なる一章、ただそれだけのことなのかもしれない。不穏さと諦念とを保ち続ける演出のグリップが素晴らしかった。最後のサプライズ展開は真偽をぼかす形にした方がより良かったかもしれない。