名品流転

名品流転―ボストン美術館の「日本」

名品流転―ボストン美術館の「日本」

90年代にNHKで放送された複数の美術関連番組を元として、10年に渡るボストン美術館への取材の成果がまとめられた書。著者は番組を担当したNHK生え抜きの製作プロデューサー本人で、地道なインタビュー活動や資料追跡の模様には執念すら感じられる。世界随一の質と量を誇る日本美術のコレクションたちはいかにしてアメリカはボストンに集められたかを、ピューリタンたちのアメリカ上陸までさかのぼってセーラム出身でスペイン系の血を引く青年フェノロサが日本美術研究に手を染めることを経て、お抱え外国人として明治政府に召し上げられていた同僚であるモースやビゲロウと共に破格の給金を元手にして趣味の古美術収集を競い合う日々を描き、やがてボストン美術館での日本美術担当が初代のフェノロサから岡倉天心やその弟子である富田幸次郎へと引き継がれていくまでを説明し、名古屋ボストン美術館との姉妹館提携を新しい日米間の結びつきの始まりとして締めくくる。読み終えて強く印象に残るのは、たとえ公共性の強い美術館であろうと、収蔵品の来歴やそれを入手した関係者の毀誉褒貶に関わるエピソードに関しては部外秘としたい旨がどこと限らず存在するということ。日本美術がそれほどまでに海外へと売り持ち出された背景には、何より廃仏毀釈の頃の混乱が影を濃く落としている。本書の中でも調べ得た実話エピソードとして、役人の前で本尊を斧で叩き割った僧や天皇陵への宝物荒らしが地元民のみならず高級官僚にまで行われていたことが明かされていて、聖書の教えに沿って公共心により私財を寄付して市民美術館を成り立たせたボストンでの逸話とくらべて日本国民としてはその文化財への態度のあまりの違いになんとも悲しくなってしまった。とはいえ、フェノロサが雇われていた明治時代から太平洋戦争終結までに海外で活躍していた日本人学者たちのバイタリティや国を背負って立とうという誇り高さにもまた同国人として励まされる部分も多々あるのだが。特に岡倉天心が、日露戦争へと向かう政府の依頼によりアメリカ政財界における日本イメージの向上を図る一種の工作員の任を負っていたのではないかという推理部分は、天心の人好きのする数々のエピソードとあいまって面白かった。清濁合わせ呑む度量が感じられるドキュメンタリーです。