「氷と炎の歌」シリーズ第一部「七王国の玉座」を原作とした『ゲーム・オブ・スローンズ』日本でも放映開始。

原作通りではあるが、序盤ということもあって戦闘描写がほぼまったく無いために性交シーンがやけに目立ってしまっているのはお茶の間視聴にそぐわず少々難儀だった(笑) いや、それにしても。原作再現性の高さはものすごい安定したレベル水準。舞台美術のみならず、キャストイメージまで小説での描写通りなのだから、これはドラマスタッフの意気込みを示すと同時に、原作者マーティンの、文章力の平明さと表現性の鮮烈さをも再確認できる結果に。つまり、みんなみんなが満足できる超ドラマです。画面のゴージャスさは、劇場スクリーンで観ても遜色なさそうだし。
付録映像として、ドラマ監督や脚本家のコメントも紹介。乱世における社会システムの過酷さというギャップ、それでも人間心理は現代と十分に通じるという妙とを描くという、制作者の"理解ってるっぷり"が分かってさらに期待がつのる内容だった。

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

英国諜報部「サーカス」にて蟄居の身となっていた主人公スマイリーが、身分復帰ともっと抽象的な何かを狙って組織の裏切り者をあぶりだす任に着く。その仕事のありようが、一般的なスパイもので期待されるドンパチとは無関係な書類の再確認や、関係者への聴取といった地味な様子だったのが新鮮だった。それでも退屈な読みものになっていないのは、スマイリーやその同僚たちが個人として求めている、形も名前も持たない"何か"こそが小説の主題となっているから。淡々とした文体で構成される詩的な物語で、この原作だからあの傑作映画『裏切りのサーカス』が生まれたのだとよく分かった。

ボウエン幻想短篇集

ボウエン幻想短篇集

ボウエン幻想短篇集

傑作は後半に固まっているので要注意。
なかでも、当時のオカルト趣味流行の熱気がうかがえる「林檎の木」が素晴らしい。ボウエンの所属していた保守的な中流社会への描写と、思い切った幻想世界への飛躍とのなめらかな接続ぶりが見所。その胆力ある筆致に惚れ惚れするが、収まるところに収まりすぎた着地点はその分だけ物足りなさを感じるきらいも。その意味では「あの薔薇を見てよ」の境界をはみだしたものと、それを忌避する側との双方への厭わしさを、微妙なラインで描いた緊張感の方が完成度は上といえるかもしれない。「五月はピンクのサンザシ」における会話文の用い方の巧さも強い印象。ボーナストラック的な付録があり、書誌資料として各書序文やエッセイの収録がファン必携の一冊として心にくい配慮になっている。

なぜ、「怒る」のをやめられないのか

この書題には首をひねってしまう。本文の記述で大きな分量を占める「受動的攻撃」への説明を読むかぎり、むしろ"なぜ「怒る」のを恐れてしまうのか"とした方が適当に思える。怒りを直截的に表現しても、婉曲的に表現しても社会生活に支障が出てしまうというジレンマが主題と思いながら読んだが、それに対する筋道立った行動指南や、論理支援が得られなかったのは残念だった。