最近読んだ漫画:2023夏

追燈

体験者の死後も続く無念を、語り部が受け継ぐ意味を静かに、表現の技巧を凝らして肉付けされた短編作品。漫画の題材として関東大震災での朝鮮人虐殺がもちいられたのは初めてではという作者の指摘にはハッとさせられた。


ドロヘドロ

一日話数限定の無料公開中の出版社アプリで機会を得た。アニメで知った作品だが、こちらの原作も幸福や満足感とは相対的なもので、どんなに荒んだ世界に生まれてもその生が無意味とは限らない。それがヒトの幅の広さであり世界という場所の豊かさであるとユーモラスかつ切実に伝えてくる独自の視点が、すばらしく心を自由にしてくれる。2000年開始の作品というわりには、男女で戦闘力がアンバランスでないコンビ、女性をむやみに客体化することのない性表現など現在でいうポリティカルコレクトネスに合致する世界観がつくられているが、インタビュー記事を読んでみても作者は意図して行った方向ではないようだ。


スーパードクターK

K2がSNSで話題となった余波なのか、その本伝というか前作である本作も電子版が100話無料公開された。週刊少年マガジンで読んでいた時は正直いって時代錯誤感が否めなかったのだけど、こちらが年取ったせいなのか素直に面白い。なかでも印象が強烈で覚えていたのはヘリ事故で死亡パイロットから同乗者へ皮膚移植する回や、同じく事故で焼死したF1パイロットの角膜がチームメンバーに移植されるエピソード。K2よりもインパクト重視だったり、医療行為と直接関係のないバイオレンス描写が多めなのは時代の違いとともに、あるいは担当編集者の意向がより強かったのかもなと思う。そんな中でも女性キャラの主体性が疎かになっている箇所はほとんどなく、この点は真船先生の意識の高さが最初からあったのでは。


君と宇宙を歩くために
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君と宇宙を歩くために - 泥ノ田犬彦 / 第1話 ワン・ジャイアント・リープ | &Sofa
発達障害を持つ当事者の心情が、ともに現実を生きる存在として主体的に描かれるようになったのは近年の数少ない良い社会的現象だなと思う。«どんなにつらくても泣くのは家の中で、外はだめ»という内容のメモに胸が締め付けられる。


ひとりでしにたい

現状、全話を読み通しているわけではない作品だが、最近展開されたタイマン弟の妻編は非常にアクチュアルな情況をエンタテインメント化していて読み応えがあった。主人公は何不自由ない中流家庭で育った大卒学芸員の独身女性だが、成り行きで恋人を実家に紹介せざるを得なくなり、その過程で無意識に高卒専業主婦で子育て中の義理の妹を目下に見ていることを認識せざるを得なくなる。本作で慧眼なのは、モラハラ気味の夫とくらしつつそれでも満足度の高い若い妻というキャラクターの描写。その自意識の強靭ぶりは、現実に独身女として日々他者と出会って実感するものばかりだった。


線場のひと
to-ti.in
戦後すぐの日本。戦禍の街でかつて恋情を確かめ合った二人の女学生を軸にセクシャルマイノリティの米兵、アイデンティティを固めるために収容所から志願した日系アメリカ人という男性陣が絡み、行く先のみえないドラマを展開していく。情念の形は当事者の意識にしっかり沿っており展開はしばしば現実を反映して過酷なのだが、描線のたおやかさと淡々とした演出の静かさが独特の雰囲気を醸し出す。現在はヒロインの一人が消息知れずの同級生を待ちきれずに戦争花嫁の一人になってシアトルに到着したところ。