2022年6月に読んだ本

パチンコ (上・下)

百年四世代にわたるとある朝鮮人一族の歴史。戦争と経済とを縦軸に、苦悩と後悔と愛情と歓喜とを横軸に用いた物語になっており、ここまで堂々たる大河小説はひさしぶりに読んだ。精緻な心理描写(特にとある人物が突然に自死する直前の様子が忘れられない)の屋台骨による、めくるめくドラマティックな展開の数々に魅了されてあっという間に読了した。主に血縁関係に生まれる愛情がテーマとなっているが、だからこそ例外的にあらわれる義理の親子の絆には格別な光が感じられるバランスが絶妙。はたまたビビッドな性愛の意味合いも必ずしも軽んじられてはいなかったりと、王道と脇道とを自在に行き来する技量はすでにして世界文学と呼んで恥じない堅固さ。…ただ、キリスト教の影響下でストーリーテリングされているためか、身持ちの悪い女性(名前の付いてない登場人物で顕著)に対して不必要に厳しい説明的描写がときおり挟まりそこはやや興ざめ。それにしてもである。大文字として表される「歴史」の中で、劣等感に打ちのめされつつ情念や展望を持つ「個人」たちが、不遇や祝い事を分かち合いつつ隠し事を常に持ちながら「家族」を成し、その中で如何ともしがたい「社会」という名の運命に翻弄されながらも生きて死んでいく。数多の無名の人生へのこの力強い肯定の文芸よ。

なお日本人読者としては、同性愛者である刑事の妻として愛情の不全感に悩む中年女性が公園での野外性交に惑わされる箇所での社会風俗のエキセントリックに留まる話ではないという着眼点や、作中のどんな所業よりも酷薄で人間性の低い行動をとる外資系サラリーマン上司の描写に収束する企業風土の問題性の大きさなどが、内側で暮らす視点では得られない鋭い切込みがされていて強烈に印象を残された。

 

平家物語  犬王の巻

平家物語」で語られた出来事から数百年後。忘れ去られていた敗者の声を謡い舞おうという二人が邂逅した。自分たちの身に掛けられた呪いを、芸能にして大衆とともに共有することで祝いへと昇華する。声なき声は大きなうねりとなり、個人の運命を超えて繰り返し押し寄せる"形"となる。…『平家物語』の覚一本を現代訳した後の古川日出男がさらなる章を書き足したという視点で捉えるとさらに趣きが増す。

 

気候変動がサクッとわかる本

過去と比べものにならないほどの速度で変化している地球の気候をテレビでも活躍する天気予報士たちが分かりやすく解説。ほのぼのとしたページレイアウトと装丁デザインなだけに、かえって危機感が伝わってきたような気がする。