2021年4月に読んだ本まとめ

炎と血 (Ⅰ,Ⅱ)

炎と血 Ⅰ

炎と血 Ⅰ

 
炎と血 Ⅱ

炎と血 Ⅱ

 

 当世最高の異世界ファンタジーシリーズ「氷と炎の歌」のスピンオフである前日譚。学僧が綴る歴史文書の体裁を取ることで、よくある中世風ファンタジーの陳腐さから逃れ、あまつさえ叙述ミステリの手法によって読者の想像の領域をより膨らませてくる。そして読者は、本伝主人公の一人デナーリス王女の数世代前の祖先が戦乱と謀略の中をそれぞれの個性をむき出しに生きた時代へと、時に繊細に時に荒々しく描くマーティン節により本の中の世界に没頭し、戦慄したり嘆息したりする。こんな歓びは本当に、本当に他にない。マーティン兄貴は神。創造主。ターガリエン家は良くも悪くも激しい性分を受け継ぎ、なかでも女性たちの自我の強さは男性陣以上に印象に残る。しかしその特権階級としての呻吟は、時代モデルである現実の近世で言葉のひとつ、悲鳴のひとかけさえ遺らなかった市井の女たちへの想像さえ読者の鼓膜に反響させる。桁違いの作家を浴びたければ、本伝を読んでなくともこちらを先に手に取るべし。

 

最近読んだ漫画いろいろ その3

バクちゃん (全2巻)

宇宙港経由でバク星から東京へ叔父を頼りにやってきたバクちゃん。希望を浮かべて不安を手に地上へ降り立つギミックのレトロフューチャーにまずホンワカするが、住民に混じってしまえばそこで出会う無理解な視線や、理不尽な境遇はどうしたって避けられない。これはバク星人のこども、バクちゃんが見つめる街の点描ワンシーズン。拒絶や失敗は苦いけど、一歩踏み出さないことにはその場所を愛せるかどうかも分からない。だからバクちゃんは今度は誰かを手助けできる側になりたいと気付く。生きる場所を選べない人、行きたい所を目指す人どちらものために。ところでバクちゃんが下宿先を見つけたり、自治体主催のグループワークに参加したりする様子は、生活の手触りに満ちていてワクワクするのよ。


ゆりあ先生の赤い糸 (既刊8巻)

刺繍教室を営みながら、夫と義母の三人暮らしでそれなりに穏やかな幸せを感じていたゆりあに、夫が不倫の最中に脳卒中で倒れたという青天の霹靂が走る。しかし驚愕はさらに第二弾、第三弾と畳み掛けられていくのであった。真性サバサバ女子50歳のゆりあ先生を中心に突発的ニューファミリーが編成されていくという、少女漫画とレディースコミックと社会思考実験とがギザギザと領域侵犯しあうコメディ。儚げに揺れる心とふてぶてしいまでの生命力を持つキャラクターの掛け合いは、非常にドラマ化に向いているだろうなとも思う。家庭とは一つの規範しかないのか、女は閉経したかどうかで自意識が定まるのか。今度はゆりあ先生が進撃する番です。

最近読んだ漫画いろいろ その2

ニュクスの角灯 (全6巻)

ニュクスの角灯 (1) (SPコミックス)

ニュクスの角灯 (1) (SPコミックス)

 

明治時代、伯父の家に預けられた美世は不思議な風体の道具屋に出会う。これは黒髪のアリスと金髪のアリスが、三月ウサギの手引きで鏡合わせに知りあう物語。ベル・エポックの風はきっと極東のこの国に届いていたし、逆に吹き返した美の手技は大いに西洋の通人たちを唸らせた。その後に爆弾の応酬があろうとも、再び交流ははじまる。懐中時計は何度も遡る。…内気だった美世がひとまわり歳上の百年を慕う気持ちの引いては寄せる様子と、高級娼婦で鳴らしたジュディットが運命に抗おうとして諦めかける一進一退とがうねるように描かれてやがて交差する。大河少女漫画の演出がザックリとしたペンタッチと合わさって独自の空気感に。

 

竜女戦記  (既刊2巻)

竜女戦記 1

竜女戦記 1

 

江戸時代の習俗モデルとファンタジー世界設定が混淆しており、ときおり戸惑うが解説はそれなりに分かりやすく機能。なによりキャラクターが生き生きとしているので、陰惨な描写や荒唐な展開に引っ掛かりなく作品内に没頭してしまう。武士の妻おたか、彼女の潜在するヒロイックさにどうしたってワクワクするではないか。第2巻から登場する(明らかにティリオン・ラニスターをオマージュした)異形の切れ者と高慢な姫君のペアも一つの古典様式でいてこれまでにない関係性を漂わす。さて三頭の竜が眠る国の玉座は誰の手に。

 

高丘親王航海記 (既刊3巻)

高丘親王航海記 II (ビームコミックス)

高丘親王航海記 II (ビームコミックス)

 

2巻まで読了。人物のうっすらとした描線と輪郭の淡くかたどられた背景によって、外界と内界とはたやすく往来する。皇子の位をかつて剥奪された主人公にとっては、世界も自我も、信仰というお題目すらも段々にあやふやになっていく。供の者たちと巡る奇妙極まる島々の、悪夢のようであり楽園のようでもある様子はもはやサイケデリック近藤ようこはどこまで自由になっていくのか。

 

 

 

 

 

 

最近読んだ漫画いろいろ

難波鉦異本 (上・中・下)

難波鉦異本 中 (HARTA COMIX)

難波鉦異本 中 (HARTA COMIX)

 

 読みは“なにわどらいほん”。元ネタとなった江戸時代の読本『難波鉦』はドラ息子の視点から遊女の世界を覗いた内容だそうで、この“異本”は逆に遊女から見た世間という切り口で描かれている。短編で綴られたその機微は、歴史・社会・親子・恋情・階層・芸能・風俗と津々浦々。ここまで元禄時代の空気が身近に感じられた読み心地は覚えがない。自由を制限された遊女の身を自覚しながらも、自律を常に念頭に置きつつ浮世を味わい尽くそうとする主人公の『和泉(いずみ)』と、大坂新町遊郭の文化の独特さと、囲いの外と変わらぬ人情の機微。絵柄の湿っているようでさらりと常に風が吹き流す絶妙さも全てがピッタリと調和した傑作。自分が特に推すエピソードは、落城から始まる大坂に息づく負け越しの気風をフィーチャーした「敗者の町」と、やり手婆の過去の無情幕から現在の人情劇に落着する「篭のムシ」。人間は墜ちてからが本番。

 

いちげき(全7巻)

いちげき (7) (SPコミックス)

いちげき (7) (SPコミックス)

 

映画化進行中とのアナウンスが出た、幕末が舞台の本格時代劇。殺人技としての剣劇がこれでもかと頻出し人体損壊も容赦がないが、セリフの掛け合いが常にリアルな間合いのコメディ要素となっているので余分なストレスがなく、高い娯楽性と強い命題とが最後まで保たれる。身共も何を最後まで守るかだけは決められる生き方でいたいね。

 

コーポ・ア・コーポ(既刊3巻)

コーポ・ア・コーポ 1 (MeDu COMICS)

コーポ・ア・コーポ 1 (MeDu COMICS)

 

 昭和普請の風呂なし安アパートに暮らす老若男女とその周辺の人々ののんべんだらり時折深淵。なんとなく不登校になり母や祖母に嘘をつく形になる少女が自立を試みる直前のいくつぶかの涙など、市井で出会うほんの心変わりの瞬間が鮮やかかつ静かに切り取られるコマ運びに天性を感じる。おそらく平成生まれのまだ若い作者(ツイッター観察)だと思われるが、月刊ガロで一時代を形成した安部慎一つげ義春・忠男兄弟の湿り気のあるコントラスト演出からの影響が感じられるなど、積み重ねられた漫画文化の咀嚼の高いリミックス手法がストーリーから浮いていないあたり、今の俊英漫画家ほんと怖い。才能天井知らずやん。とにかく宮地さんの少年時代の回だけは読んでほしいですね。第三巻収録です。そして性も死も裏切りも出るが、弱者の足をひっぱる人の淀みだけは出てこない。そこに覚悟のすわった作品への愛がある。

2021年春期のアニメ視聴状況

dアニメ、カバー数多くて便利ですね。月額料金も安いし。

 

ゴジラ S.P <シンギュラポイント>」(NETFLIX) じわじわと侵攻してくる虚空の来襲者。点と点で結ばれていく人間の思惑。からりとした空気感も心地いい。

 

「擾乱 THE PRINCESS OF SNOW AND BLOOD」(dアニメ) これはどうやって収益化?系アニメ。とはいえ“瓢箪から駒”な好み具合。情念スタイリッシュ疑似時代劇オカルトアクション。あたいタツノコアニメっ子だったからねえ。こういうの弱いのよ。あとジェットコースター・ドラマで先の展開を読ませない。

 

「シャドーハウス」(ニコニコ動画) 原作は無料配信中に大変おもしろく読んだ。完成度が高い作品なだけに映像化の余地はかえって少ないが、雰囲気づくりはとても丁寧なのでストーリーおさらいとして鑑賞。 

 

(前期からの継続)

バック・アロウ(ニコニコ動画) だんだんロボの出番が減ってる気もするけど、視ていて行動原理がピンと来ないキャラがいないので、ストレスがない。あと作画崩れがないようにがんばってる。

遊☆戯☆王SEVENS(ニコニコ動画) えーと4クール目?そろそろ中間の展開を流し見したりデュエル部分を飛ばしたりする時もあるが、シリーズ構成がしっかりしているので興味は継続中。

魔道祖師(ニコニコ動画) じぶん一回飛ばしたかね?みたいな説明不足や人物相関にはては物語の流れすらつかめてない恐れはあるものの、続いてます。義姉が戦いのあとどうなったか分からなくて、そう描かれてるのか自分だけついてけてないんか分からない。何も分からない。いやそうでもない?

第60回2021春調査

アニメ調査室(仮)さんにて開催中。以下、回答記事です。

2021春調査(2021/1-3月期、終了アニメ、80+2作品) 第60回

01,ホリミヤ,x
02,ゲキドル,x
03,怪物事変,B
04,呪術廻戦,x
05,装甲娘戦機,x

06,アイ★チュウ,x
07,ぽっこりーず,x
08,プレイタの傷,x
09,怪病医ラムネ,B
10,アイドールズ!,x

11,シャドウバース,x
12,D4DJ First Mix,x
13,Dr.STONE 第2期,x
14,おそ松さん 第3期,A
15,エビシー修業日記,x

16,ブラッククローバー,x
17,SK∞ エスケーエイト,B
18,ミュークルドリーミー,x
19,オルタンシア・サーガ,x
20,おとなの防具屋さんII,x

21,真・中華一番! 第二期,B
22,ひぐらしのなく頃に 業,x
23,ヒーリングっど プリキュア,x
24,ラプンツェル ザ・シリーズ,x
25,WAVE!! サーフィンやっぺ!!,x

26,2.43 清陰高校男子バレー部,x
27,ねこねこ日本史 第5シリーズ,x
28,のんのんびより のんすとっぷ,x
29,ワールドトリガー 2ndシーズン,B
30,あはれ! 名作くん 第5シリーズ,x

31,おちゃめなシモン 第2シリーズ,x
32,トミカ絆合体 アースグランナー,x
33,ワンダーエッグ・プライオリティ,F
34,スケートリーディング☆スターズ,x
35,アズールレーン びそくぜんしんっ!,x

36,ワールドウィッチーズ発進しますっ!,x
37,キングスレイド 意志を継ぐものたち,x
38,ウマ娘 プリティーダービー Season 2,x
39,妖怪ウォッチJam 妖怪学園Y Nとの遭遇,x
40,かいじゅうステップ ワンダバダ 第2シリーズ,x

41,Re:ゼロから始める異世界生活 2nd Season 後半,x
42,たとえばラストダンジョン前の村の少年が序盤の街で暮らすような物語,x
43,転生したらスライムだった件 第2期 第1部,x
44,魔術士オーフェンはぐれ旅 キムラック編,x
45,犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい,x

46,八十亀ちゃんかんさつにっき 3さつめ,x
47,無職転生 異世界行ったら本気だす,x
48,ガル学。聖ガールズスクエア学院,x
49,進撃の巨人 The Final Season,A
50,デュエル・マスターズ キング,x

51,俺だけ入れる隠しダンジョン,x
52,文豪ストレイドッグス わん!,x
53,ログ・ホライズン 円卓崩壊,x
54,約束のネバーランド 第2期,x
55,ゆるキャン△ SEASON2,x

56,EX-ARM エクスアーム,x
57,天地創造デザイン部,x
58,回復術士のやり直し,x
59,裏世界ピクニック,x
60,弱キャラ友崎くん,x

61,五等分の花嫁∬,x
62,半妖の夜叉姫,B
63,IDOLY PRIDE,x
64,BEASTARS 2期,x
65,WIXOSS DIVA(A)LIVE,x

66,SHOW BY ROCK!! STARS!!,x
67,(地上波初放送) 7SEEDS パート2,x
68,(特番8話) じみへんっ!! 地味子を変えちゃう純異性交遊,x
69,(特番8話) はたらく細胞!! (2期),x
70,はたらく細胞BLACK,x

71,闇芝居 第八期,x
72,最響カミズモード!,x
73,(12月終了) りばあす,x
74,(12月終了) わしも (8期),x
75,(ネット配信) 幼女社長,x

76,(ネット配信) とーとつにエジプト神,x
77,(ネット配信) キャップ革命 ボトルマン,x
78,(ネット配信) ベイブレードバースト スパーキング,x
79,(ネット配信) 爆丸アーマードアライアンス,x
80,おばけずかん,x

参考調査

t1,(参考調査) Levius レビウス,x
t2,(参考調査) OBSOLETE,z

 

<寸評>

怪物事変:B 原作を卒なく。作画の安定度高し。出だしだけで終わった印象はもったいない。

怪病医ラムネ:B おもちゃ箱をひっくり返したようなポップな画面づくりで楽しめた。ストーリーは陰影が意外と濃い点も好み。

おそ松さん 第3期:A 制作者が楽しんで作っているという良い意味での力の抜け具合が感じられた。円熟ですね。

SK∞ エスケーエイト:B スケボーアクション作画のレベルが非常に高い。キャラクター数の多さがドラマのまとまりを緩めた観がある。

真・中華一番! 第二期:B 第一期よりもさらにハッタリの効いた展開、演出が多くてところどころで気分が上がった。敦煌編の急なアダルティさが昔のアニメシリーズっぽくて味わい深い。

ワールドトリガー 2ndシーズン:B あえて派手さを避けるように一見みえる原作の良さをしっかり伝えようとする姿勢に好感を持った。

進撃の巨人 The Final Season:A 善悪の在処が混沌としてくる展開をじっくり見せながらも視聴体感はスピーディー。原作を既読でも見入る完成度。

半妖の夜叉姫:B 人気作の続編にしてストーリーは原作者の手を離れるという難易度の高い企画を、隅沢脚本のスタイリッシュさで乗り切る見ごたえのある作品だった。終わり方としてはぶつ切りに近いので、なるべく早く次シーズンが放送されることを祈る。

 

2021年3月に読んだ本まとめ

闇のシャイニング

 スティーブン・キングに私淑する作家によるホラー短編アンソロジー。自意識が生み出す迷宮、現代を舞台に変えてよみがえるゴシックの恐怖。オチが意図不明な印象の作品が多くて、漱石や百閒の夢を取材にした掌編に似ているなと思う。キングが日本でも人気がある理由がつかめたかも。終わらない遊園地、他者の影に潜む自らの怯懦。そんな中、個性が隠せないほど立ちすぎてるクライヴ・パーカーの敬虔なる天使譚はラヴリーすぎた。神の醜く浅ましきいとし子たち。