哀れなるものたち

哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)

哀れなるものたち (ハヤカワepiブック・プラネット)

読み進めるほどに多重構造の意図が明らかになってきて(序章部分で説明済みなのだけど、どこまでメタ視点なのかその時点では著者の姿勢が判りづらい)ページを繰るのが止まらないほど面白くなる。編者アラスター・グレイによる説明序文、19世紀後半の内向的な医学博士マッキャンドレスの追想記、その妻の才女ヴィクトリアの夫の遺作への反論を込めた子孫への手紙、グレイが文書調査した事実関係を示す注釈集によって構成されており、読者はそのどれを作中における事実ないしは真実と受け止めるべきか最後まで読み進めても混乱を続ける。ただひとつ明らかなのは当時としては稀な女性医学博士として社会貢献に熱心だったヴィクトリアが(すくなくとも成人して以降は)意志的で明朗奔放な女性であったことで、彼女を啓蒙的に導いたバクスター医師ともども、読者に心躍るような生き生きとした人間像を提供してくれる。…グレイの作品の本質的な人間への信頼はいいなあ。独創的な自作挿画ともども作家として大きな武器だと思う。アイロニーをまぶしたコメディセンスと相対主義によるイデオロギーのフラット化により、19世紀のフランケンシュタイン風ゴシック譚とビルドゥングス・ロマンを包括する野心ぶりも、決して難解さに陥らず娯楽性を損なってない。これはオススメです。第一長編作「ラナーク」よりさらに完成度は高い。