しかしヒトがヒトであるかぎり功利と利便の道からそれることができないとすれば

さておき、温暖化速度を本気でゆるめたいと思うならば「あなたにもちょっとした何かができるはず」と訴えるよりも「あなたにも何かをすこしあきらめることができる(たとえば風呂を2、3日に一度にするとか真夏日以外は冷房をがまんするとか)はず」とアピールした方がより現実的だと思うんだわ、むしろ。まあこんな事わざわざ書いちゃう私の方が『現実的』じゃないことも分かってるけど。