エヴァ・トラウト

エヴァ・トラウト (ボウエン・コレクション)

エヴァ・トラウト (ボウエン・コレクション)

なぬ、ボウエンのミステリー短編集って二冊目が出てたのか。知らなかった。読みたいけど近隣図書館に入ってない…。さて本書は最晩期に執筆された長編で、書題は現代なら境界性人格障害とも高機能自閉症とも診断されかねない風変わりなヒロインの名前から。愛されることが皆無ではないながらも、誤解されやすい行動と言動から、あるいは父から受け継いだ莫大な財産がかえって仇となって周囲とのコミュニケーションがこんがらかってしまうユニークな生涯を淡々とした筆致で描いた小説。人生とはミステリーである、という手垢の付いた文言を述べたくなるほどに登場人物たちの関係性と感情の流れは間接的な表現を持って成されているけれどもそこにリアルな感触が生まれているあたり、見直されつつある小説の大家としてのボウエンの風格が。結部にも蓋然性を失わずに意外な落ちが付けられており特定のメッセージや教訓を伝えるわけでもなく、一つの人生をただ文字の上に構築しようとした意図が明確で清々しい。それにしても訳者あとがきで知ったけど、謙譲語的な一人称として「one」が用いられることがあるみたいですね(本書では『僕なんか』と翻訳)。それを台詞に連発していたゲイのコンスタンティンという登場人物の重層性が格別に印象的。なおシーンとしての最高潮は、歴史彫刻の展示館へエヴァが赴いて有名人物たちの悲劇的な人生に一種の共感を持ち、つかの間孤独を忘れるくだりだと思う。