ドリフトグラス

自我がばらばらに千切られる痛みの記憶。それを通り越してふたたび集まり、ついには拡散する光のプリズム。ディレイニーの作品にはアンビバレントな要素が常に絡み合った通奏低音となっている。だから、波打ち際で見つかる水に洗われて形を変えたガラス片を意味する言葉で、未来潜水士たちを描いた物語『ドリフトグラス』が書題となっているのはとても合点がいくし、センスが美しい。
ならば極彩色ファンタジー冒険小説の『プリズマティカ』でも良いのでは、となるがこちらはディレイニーの著作の中ではやや牧歌性に傾きすぎる。それでもイメージの提示や物語構成の緻密な華麗さには魅了されるばかりだが。
トリとして収録された中篇『エンパイア・スター』は無知な島暮らしの青年が船乗りとなって出会いと別れを繰り返すというビルドゥングスロマンの体裁を持っているが、何度か繰り返される(知性は観性と直接の相関性はない)という台詞同様に、文面でなぞられる以上の広がりの世界へとやがては到達していく。そして淡白な筆致からひどく遠大な英雄伝説があぶりだされていくが、悲しみと喜びとがあまりに複雑に織り込まれているために、全体を知るには読者はエピソードを眺める視点をためつすがめつしながらいくつも持つ必要がある。すべては、すでに繰り返されていること。同時に、あなたはあなたでしかなく、あなた以外の何者もあなたにはなれない。運ばれるメッセージはいまだおぼろで、それゆえに無限にその選択肢は先へ広がっている。