第六ポンプ

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

堅固な倫理感と、奔放な空想力と、誠実な志向性。それらが自分が作家にもとめる最上のもの。さらにそれらの繋ぎとして、自然な娯楽色が入れば鬼に金棒。小説家としては若手に入る1972年生まれのアメリカ人パオロ・バチガルピはその意味において近年でもっとも期待できるニューカマーとなった。表題作は環境ホルモンが巷に蔓延することにより、薄く広がった痴呆化と低出生率とが社会システムの堤防を崩す前夜を描いている。しかし語り口はあくまで重くはならず、全体的にポップでほのぼのとさえしている。ラストの一文には、かすかな希望の兆しさえ見えて、それがより現実に近い印象を呼ぶ読後感。この絶妙さはアーシュラ・ル・グィンに近いとすら言える。技巧もさることながら、ストレートでありながらスマートでもあるメッセージ性の高さが、なにより特徴と思える(作者は環境問題に関わる仕事に携わっているとのこと)。イメージの鮮烈さでは、松本零士の描く美女のようなはかないヒロインたちの置かれた美と残酷さの世界「フルーテッド・ガールズ」がすごい。少女を楽器に改造し、あまつさえ自らに演奏させるというその奇想! 収録作で唯一、SF設定のない「やわらかく」。犯罪者の心理にここまでに近しくかつ日常感をともなった小説があっただろうか。あるいは、こういう一般文学に近い短編を蒐めた作品集もいつか将来的には読みたい。…本書でのほとんどすべての作品において、自由は大きな主題となっている。それゆえに、閉塞的な未来観のわりには読んだ後に風がどこからか吹き渡るような爽快感を持つ。かなり万人向けな作家ともいえるかもしれない。ぜひご一読あれ。