アイルランド・ストーリーズ

アイルランド・ストーリーズ

アイルランド・ストーリーズ

舞台をアイルランドに限定したくくりの短編集。著者の邦訳の中でも最高にクオリティが安定している一冊。出だしの『女洋裁師の子供』では意外な方向に転がりはじめる展開ぶりが全体への期待を誘う。中盤に収められた『アトラクタ』でアイルランドという激しい国家規模の抵抗を続けてきた土地ゆえの傷あとの年月を置いた現われ方にヒロインとともにしばし茫然とする。後半にはそれよりも個人拠りの事情に歪められた人生の置き場のなさを示す『音楽』で雰囲気が締められ、宗教的奇跡への畏敬と一般的凡庸さが相俟った『聖人たち』で人生そのものを俯瞰したかのように終幕する。選出も構成もまさに出色の必読本と言えましょう。私が一番好きなのは、ひいきにしながらも思うがままには育たなかった末娘とその父のしばしの共同生活を題材にした『秋の日射し』。ラスト・シークエンスがまさに一瞬の日の照りのよう。なお、巻末にアイルランドの近・現代史についての簡単な解説があるが、やはりカトリックプロテスタントの桎梏まで絡むと複雑で理解しづらい。それでも、他国への興味のとっかかりを作ってもらえたのには感謝したい。