林忠正

フランスで開催された二つの万博の日本パビリオン出展に参加した美術商の一生を追う評伝。毀誉褒貶があったというほのめかしはあるけれど、国外流出の戦犯とされたその中身の方はほとんど説明されてないといったバランスの悪さ(作者の嫁ぎ先の遠縁が林忠正だという縁も関係している模様)は読み終わるまで印象がぬぐえない。とはいえ、明治政府が興った直後の日本の高等教育体制の朝改暮変の様子や、そういった固まらない雰囲気の中でこそ思い切って国外に飛び出せて自分の商売センスを試せたという一人の男の冒険譚としてはなかなか面白い評伝だったかと。浮世絵ブームの現地での実際の空気に迫る記述部分も印象的だし。…あと著者は文献研究が専門の人らしいんだけど、国内では歯切れ悪く報道された当時のパリに派遣されていた日本官僚の身投げ事件が、当地の報道では愛人との関係のもつれが原因の自殺と断定されていた事をつきとめるあたりなど、脇道記述ながら最も読み応えがあった。森鴎外の「舞姫」のごとく、生業がはっきりしない現地女性との恋情模様はあたりまえのように在留邦人に蔓延してたのだなあと。