モンテ・クリスト

翻案は独自性が高いが、とはいっても原典を大胆に脚色したという方向性ではなく、つまり設定を変更したというよりあくまで解釈を深めたという点が、原作小説へのリスペクトを感じられる。主人公モンテ・クリストは過酷で理不尽な拷問と投獄により人格や容姿が変貌したという設定だが、60年代石森漫画の流れを汲みながらセンスを先鋭させていっている熊谷氏の絵柄で、その見分けは付くようで付かない。そこにかえってマンガという手法の強みが付くという逆説の魅力が放たれており、人生全体へのシニカルさと未来へ希望を抱く事への価値とが並立した世界観といい、とにかく感覚的にまず惹かれる作品。続刊が楽しみ。

ゼロ・グラビティ('13/米 監督:アルフォンソ・キュアロン)

天地の感覚が意味を為さなくなる宇宙空間では、高所恐怖症なんて関係ないと思っていたのに…!! 冒頭にたっぷりと取られた船外描写における3D効果活用映像は自分にとってはちょっとしたホラーだった。そして無重力状態で自分の身体を地上と同じように制御できないもどかしいシーンで得られる擬似感覚は、まるでテーマパークのアトラクションで揺れる座席に着いているよう。脳への視覚情報を超えて体性反射にまで訴えてくるレベルは3D映画として画期的。映画料金を「安い」と感じたのは初めてとさえ言えるかもしれない。
なお中盤からは、心的外傷を抱えつつも自分自身と他者からの支えによって“生まれ変わる”事の人生における意義が謳われる。ロシアの廃棄ステーションにたどり着いたヒロインが船外服を脱いで下着姿で身体を丸めて(胎児の姿勢)しばし憩う。そこで私は涙を流した。あまりにもあからさまな、だからこそリアリティのあるクライマックス直前のとあるエピソード。そこでも彼女の抱えてきた絶望と孤独、その永さと深さを感じ取って泣いた。そしてなんということもない地上、ありふれた湖の中のカエル、曇天の冴えない空。さらに泣いた。自分だけにしかない、誰にもすべてを伝えきれないつらさを重力として引きずって毎朝を起きなければいけない人生の裏面がそこに在った。それでも、生き続ける意味はある。意志によって“生まれ直し”て誰かに出会い、その想いを受け取り応える価値がある。名作になり得る可能性が多いにある傑作。