すばらしい新世界

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

徹底してシニカルな筆致のなか、クライマックスに近い病院のシーンで野蛮人ジョンがふいに直観におそわれる箇所がめざましい効果を上げている。苦しみや悲しみを「生」の一部として捉える意味が、すべての人間に共感されるはずだと作者が信じているからこその思い切りのよさがここぞと現れた瞬間。それこそが真実なのだと読者に伝わるとき、ラストシーンの戸惑うほどに突き放されてユーモアさえ漂うドライな現実主義が、単なる諦観に終わらないのだという両面性が立ち上がる。設定の科学的正確さと、テーマへの距離感とが現代でもまったく古さを感じさせないSFマインドを組織するディストピア小説。ときに軽妙きわまる新訳なのが楽しかった。