ブラックジャック創作[秘]話

昭和の大漫画家にして戦後日本漫画の先駆者とされる手塚治虫の、伝説的な創作意欲とそれを社会面でカヴァーする誠実なパーソナリティとを、制作にほど近い立場にいた編集者やプロダクション社員たちの思い出語りからの取材を元に描きだしている。洗練された流行の絵柄とはいいがたい作画ぶりが、昭和という時代の大雑把な熱っぽさと手塚のがむしゃらな漫画家魂との両方にマッチしており、結果的に印象が強く残る。チキンレースにも程があるリテイク作業やアシスタントたちとの遠隔共同作業(電話を用いて言葉による指示でコマ割や背景を作成させるくだりは、細部に誇張はあるかもしれないが他の一次資料でも読んだ覚えがあるから事実と信じる)は思わず手に汗握るような臨場感。そういう無茶さが、システムの論理からズレたところでギリギリ許される時代だったのだと思うと手放しのノスタルジーに浸る気にはなれないが、関わった誰もが原稿を中心に一丸となっていたのだろうなと想像すると、その寿命を削るような現場の様子に、なぜか一抹の憧れに似たものが胸にいつまでも残る。決して手塚を美化している基調ではない(編集者たちが出版社の垣根を越えて陰口のようなあだ名を口にするコマもある)だけに、他にない手塚賛歌が成立した名品だと感じた。なお、昨年出た漫画で一番ぐらいに笑えたギャグの佳作でもある。