ノルウェイの森('10 日/監督:トラン・アン・ユン)

上映期間内けっこう滑り込みだったけど、草原のロングショットの幽玄さ、幼い頃の記憶を呼び起こされるプリント・ナイロンカーテンを透した陽射しの、時間が止まったような印象に包まれた時。スクリーンで観てよかったと実感した。役者たちの果実のように瑞々しい肌のマチエールも同様に。さてストーリーの方は、一言でいうと“セックスの哀しみ”としか表現のしようが無いもの。そんな中でもふたりの女性どちらにもひたすら誠実であろうとするワタナベの精神性にはあまりリアリティはないが、そこは序盤の大学教授のセリフ『ギリシア悲劇より深刻な問題が存在するとは思えないが』でエクスキューズが為されていると解釈した。不器用で器用なワタナベのような青年が、どこかに居ないとも限らないのだ。あらゆる苦悩は普遍にして個別。ワタナベは緑とも長くは続かないかもしれない。それでも彼は大人になること(つまり生き続けること)だけは選択し続けられたらしいことは、最後のモノローグでわかる。そのブラックアウト演出を目にした時、自分はワタナベの視点と同化できていたことを確信した。