過ぎにし夏、マーズヒルで
シャーリィ・ジャクスンへのトリビュート短編集に寄稿した作品が佳かったので手に取ってみた。中篇『イリリア』がとても感動的。見出された者と見放された者。双方を運命論的に悲劇として区別するのではなく、選定する年長者は神ではなく人間なのだからその鑑定眼は当然に限定されたものであることを淡々と文章と展開に含ませ、だからこそ“人よりも才能は持っているがただの中年”となったかつての恋人同士の再会を輝かせる。これまでの
ジュブナイル文学で放置された登場人物たちの生涯をあらためて掬い取るかのような一編だ。文芸はまことに
自由の翼だと思う。戯作は現実を反射する鏡だが、だからといって私たちが実際に軛をかけられている無意味な規範にいつまでも引きずられる義理はない。
百年と一日
同じ場所を眺める過去と未来を綴る連作短編集。若い頃に気ままなその日暮らしをした街角のアパートで、人並みな家庭を持った中年男が鮮明に幻視するもの。ノスタル
ジーはあまりに甘く、あまりに狂暴だ。柴崎由香の文章には惧れと憧れが常に同居している。