2023年2月に読んだ本

ジャクソンひとり

ステレオタイプと差別との合わせ技によって、そもそも個性すらはじめから奪われている黒人ミックスルーツの若いゲイ4人が、ポルノ動画配信の謎をめぐって一つの冒険に出る。ファッションブランドやモバイルツール、配信コンテンツへの扱いの巧みさからくるカタログ色の強さは村上龍を思わせるが、本作の場合はマイノリティが主人公なだけに全体的な切迫感で明確に違いがある。互いに背格好が似通った4人のうち動画を撮られたのは誰なのか、当人の了承なく撮った者は誰か、そしてそれを意図的に広めたのは何者か。その答えは徐々に明らかとなるが、しかしその真相によってあぶりだされるのは個々の内面の際立った違いなどではなく、逆に個人としての“顔”がコピーとペーストの繰り返しによって解像度が荒くなっていくような、デジタル化による境界の消滅だ。それはマジョリティもマイノリティも無関係に誰もが望んだ一面ではあるものの、しかしそれでもなお日々積み重なっていく非対称な社会構造からくる摩擦の傷は増えていく。この作家の資質はソフィスティケイテッドされた都市の中心を描きながらも、その片隅の暗がりに蠢く幻想の展開の方に軸が置かれているのかもしれない。ゆえにであろうけど読後感は唐十郎の小説作品に似ているとも思った。

すべての、白いものたちの

産まれて数時間で息を引き取った姉、成長してワルシャワに在留する書き手。産着、雪、壁、近所の犬、夜明け前の街角、ふたたび雪。白い色を持つものたちは生と死と両方を同時にその身にはらんでいる。詩の質感で連想ゲームのように繋がれる短い連作ストーリー。私たちはいつも生まれた場所、時間、寒さに戻る。


切り裂きジャックに殺されたのは誰か

これまで『街頭に立ち客を待つ娼婦』とひとくくりにされてきた“切り裂きジャック”事件被害者。彼女たち五人の生い立ちから困窮して住所不定に至りそして殺害されるまでの足取りを、当時の文書を探し出して追ったノンフィクション。交渉の成り行きとして売春に至ることはあったとしても、恒常的に体を売っていたとはいえない状況にあったことが五人の内訳のほとんどで、少しのつまづきで共同体から落伍して人生の外郭を建て直せないその実像は、現代でもいまだ残る社会的弱者が一方的に負わされたスティグマに満ちており、読んでいて同情と共感に禁じ得ない。現場写真さえ絵葉書の題材に横流しされるような、いわば犯人と世の中がミソジニーの共犯であった状況が世紀をまたいで続いていた中で、この書が果たす役割は大きいのではないかと思う。


いじめとひきこもりの人類史

ひきこもりは実は昔だったら山などの辺境に追い出されていたから問題でもなかった…という導入には(いや、一人で山奥で暮らせずにすぐ死んでる人も多かったやろ)と内心ツッコマずにはいられなかったが、鴨長明などの文学史に名をのこす特権階級ながらすすんで孤立の道を選んだ人々の章はわりと興味深く読むことができた。最終章では、大麻に含まれている中毒性の軽い成分に発達障害者の症状というか特徴を緩める効果が期待できると紹介されていて、ここに一番興味を惹かれた。