最近読んだ漫画:2022冬

DYS CASCADE

既刊2巻。カスケード、段状の滝とは司法の段階を示して国民が犯罪と冤罪の両方から守られる概念をこの場合は意味している。複数人の血で満たされたバケツにつっこまれた片腕の発見という不可解なはじまりを告げた事件は、やがて未解決のシリアルキラー容疑へと点が結ばれていく。そこで問われるのは、果たして警察機構や司法検証がどこまで正しく行われているかという国家永遠の課題だ。そこで生まれる声なき呻きを、殺人被害遺族や冤罪当事者、過去を背負った刑事などの多面的な視点からあぶりだしていく本作は、現実と理念の間で計り知れない深淵が生まれては消えていく実存に淡々と形を与えている。なお、これまで同ジャンルでありがちだった冤罪に見えたけど冤罪ではありませんでした!という展開は外れていてホッとした。


堕天作戦

既刊5巻。作者自身の出版によって改定電子版がスタート。まとめて再読すると戦争の状況や世界観設定への理解が進んでいっそう面白く感じた。旧版とくらべてはいないが、主人公であるアンダーに感情が戻ってくる様子がより分かりやすくなった気がする。あとは全体的なトーンを統一する傾向が出ている気がするが、これはウェブ連載で飛び飛びかつ粗めの解像度スキャンで読んでいたためかも。この作品のオリジナリティは、一言でいって出てくる全員の正気が怪しいという点。狂った神、いびつな世界、わけのわからない戦争、不条理な衝動、救われない個人。それでいて、変異生物や半有機ロボットなんかがひょいと魔法と同居していたりする。思索エンタテインメントとしてたまらない。


ゴールデンゴールド

既刊9巻。久しぶりに読んだら、経済と運の関係というメインテーマの陰に隠れていたサブテーマの“思春期にかろうじて残っている純粋な好意感情”ターンが、ミットど真ん中ストレート叩き込まれていて本当に驚いた。いまだ見せていない引き出しが多すぎる作家である。スレていて同級生に意地悪してしまうけど、気になってた男子との仲をけっきょく後押ししてしまう女子、他者の感情には鈍いけど雰囲気に余裕あるからモテて両想いの相手をとことん信じて待つと表明してしまう男子。アツすぎて往年のジブリもかくや、それでいて照れがまったくない描きぶり。ストーリーテラーとしての姿勢に心底感じ入る。


愚者の星

全8巻。人間の醜さを緻密なSF設定に載せて描くことに関しては追随を許さない作者の本領は、主人公含めたバトルモード時の獣めいた容貌からして遺憾なく発揮されている。終盤は駆け足気味に展開したものの、ひとりの異常者によって状況がかき回される様子は、意図したものか偶然か20年代のいま、リアルな世界様相の転移にすら感じさせられる。しかし人間が怖いというより、集団になった人間のどうしようもなさは…現実によく即しているだけに読んでいてやるせなさも覚えるところである。それも含めて、この人しか描けない世界観だなあと今回も感じた。


乙女戦争

全12巻。中世のチェコで起こったキリスト教異端派の蜂起の顛末を、銃技術の戦術化や当時のボヘミア王国の置かれた複雑な政治図を織り交ぜて、エログロ躊躇なく描くがそれでも扇情的とは感じない節度のようなものすら醸し出されているのは、現実に起こった事の凄惨は決して虚構より下回ることはないからだろう。作者はこれでもかと戦場の混沌を描くが民衆たち、特に性的凌辱を受けることが多い意味で男より悲惨な女たちはほとんどの場合は滅入ったりしていない。その短く激しい生きざまは、堅い信仰心とともにかなり現代人とは異なる本質を持っていたように思うが、そのことは善悪、正否、優劣を超えて物語を読んでいるこちらの胸を打ってくる。そして、戦争の愚かさ、汚さ、支離滅裂さ、淫らさ、それらすらも何か一つの道に至るための試練に思えてくるのだ。まさしく乙女主人公のシャールカのたどりついた境地のように。


女媧

女媧 JOKER (1)

女媧 JOKER (1)

Amazon
全4巻。これより後年の作となる「乙女戦争」が史実にかなり沿って展開されるのと対照的に、この古代中国を舞台にした作品では、諸葛亮孔明劉備玄徳のもとに赴いた際には実は妻の方と入れ替わっていたという思い切った伝奇ものの趣向が採られている。儒教の呪術性をこれでもかと繰り出してくる展開は非常にワクワクしたし、曹操孟徳の従来のパターンから外れた役回りもストーリーやテーマとしてどこに着陸するかにハラハラしながら読めた。強いていえばこの三倍ほどの長さの大河連載になってほしかったと思うが、デビュー作ゆえの意気込みがかえって構成を複雑にしすぎたのかもしれないと感じた。あとモブキャラへの容赦ない扱いはつくづく一貫してる人だよね。主人公もそれ以上にひどい目に遭っているから不公平感はないけど。


祝福王

文庫版全4巻。これも90年代のどうかしてた頃のモーニング・アフタヌーンラインから生まれた異色作。おっさんメディアから連綿と引き継がれてきた古式ゆかしい男女関係描写、凸凹しすぎて迷走に思えるプロット構成など粗も多くみえるが、リクツを超えた精神エナジーの奔流の記録として確かに読む価値はあった。作者が新興宗教に心酔して教義にそった漫画を真剣に描いてしまう例はこれまでいくつか読んできたが、これもその系譜に乗りつつも、それ以上に創作意欲のあふれる熱があるのは事実。特に形而上時空での名前をうしなった神の造形には圧倒された。