2022年10月に読んだ本

骨は知っている

法医解剖学者が実際の犯罪解明のための職務に際して感じたことなどを織り交ぜながら、様々なケースを追う。殺人事件としてはすっきりと解決しないながらも、被害者が受けた恐怖や苦痛などは鑑識の結果から浮かびあがり、その微細さについてはやはり驚きを禁じ得ない。特にごく近い血縁者から性暴行を受けていたゆえに自殺してしまった少年の解剖結果から、強い心理ストレスが原因で骨の特定部位に刻まれる痕が見つかったことで真相が明らかになる章はあまりのいたましさも含めて圧巻だった。


燕は戻ってこない

まちがいなく桐野夏生の最高傑作のひとつ。人の心は関係の中で、自分すら思いもかけない方向に転がっていくという観点をここまで懲罰意識なしに伸び伸びと描き出して、ほんのちょっと先の社会像まであざやかに示してみせるこの自由な精神。この作家は現代のユゴーだよ。同時代に生きられて誇らしくさえ思う。厳しい批評眼はやがて愛へと至るという運動が芸術と同時進行する奇跡の業を目撃せよ。(本書でいえば居酒屋でりりこがサラリーマンたちとセクシュアリティ談義をするあたりで空気がぐっと広くなる)