最近読んだ漫画:2022夏~秋

ツレ猫 マルルとハチ

既刊2巻。コミックDAYS(講談社)にてweb連載中。とにかく、猫の生態への理解度が半端ない。主人公のペットショップ出身猫・マルルはふと庭にやってきた小鳥に全神経が集中してしまい、夢中で外に飛び出して帰れなくなってしまった。この室内飼いにおける魔の瞬間ひとつ取っても他と一味違うものを自分は感じた。誰が悪いわけでも不注意なわけでもないのがしばしばペット飼育における現実である。野良猫コミュニティにボス猫ハチのおかげもあって入り込めたマルルだが、彼らコンビに矢継ぎ早に危難が襲う。別縄張りのボス猫との喧嘩、冬の降雪と寒さによる体力消耗、餌を無計画に与えてくれていた老人の施設入所。そんな中で顔を合わせる仲間猫たちの様子がまたバラエティ豊かで、なかでも器用に立ち回って複数の人家で餌をもらうシャム系のペルティのエピソードにはくすりと笑いをこぼさずにはいられない。また、この作品でもっとも瞠目すべきは、野良猫たちの過酷な様態をときにシビアに描きつつも、基本的にはイエネコという種が生来にまとっているペーソスをコメディ漫画に昇華している点。そしてもうひとつはどんなに困窮しても抹消することのない猫たちの愛らしさをどんなコマにおいても表現することに成果が出ている点だ。長毛系であるけだまが恒常的な歯肉炎で毛づくろいをできないままにヨダレを常にたらしている様子、10齢越えのサビ姐さんが水場のそばで茂みに隠れながら少しずつ死を待つ様子、そして無邪気な子猫のミケが排水溝の溜まりでぐしょ濡れで援けを求める姿。それらをリアルな想像力を駆使しながらも、読み手に生理的嫌悪感を催させることのないラインを保ちながら、必死の覚悟で生きる野良猫の身体が放つフェティッシュな魅力を表現している。これこそ漫画でしかできない趣向。自分は第6話『ミケ救出作戦』を何度読み直したか分かりません(ミケが一匹でハチコミュニティにふらふらと辿り着くページも好き)… 現在、マルルとハチは保護団体に救出されたフェイズに入っており、野良猫問題と日々向かい合う人間サイドにも話が広がっておりこれからも目が離せない内容になりそう。

ネクログ

全4巻。美女キョンシー、その主である童形の道士、モブキャラのような容姿の主人公。メインの3人は単純な味方グループではない事がストーリーラインに常にスナップを効かせてくるのだが、魂の成熟が仙術の練度に比例しているかのような独特のパワーバランスが、20世紀初頭の中国舞台という複雑な治安状況を背景として滅多にない濃厚なオリジナリティを突きつけてくる。絶妙な茶葉を味わうような気持ちで読み進めた。(しかし思えば舞台が重なる久正人グレイトフルデッド」も同様な濃密さを持っていたが、あの頃の中国というのは歴史の積み重ねの襞が特に多くの矛盾する時代層を表面化させていたということか。山間盗賊や追剥宿なんかが普通に存在したっぽいし)。まやかしで相手の鼻をくじくスタイルを取る仙術を最大限に漫画映えさせる構図の巧みさもさることながら、最大の読みどころは有り体な含みを排除してキャラクターの着地点をきちんと提示している構成の完璧さ。善良で誠実であるゆえに異常なまでの頑固さでもって幼馴染みを冥府から戻そうとする主人公は、苦労の果てに叶えたその願いの行く末をしっかりと受け止めることになる。それは一般的なラブコメ(その要素は少なからず入っている)の定理から外れたものとなるが、違う側面からは初恋の本懐を遂げた結果でもある。単なる類型に留まらない作劇志向は、生前から美人で鳴らしたヒロインが術から外れた時に見せる屍体の脱力した様子の適度な(というのも基準が怪しい語彙だが)迫真性からも表われる。生と死の比重が、主人公の視点を借りて行ったり来たりする感覚が実に中国奇譚の真髄。

魔界都市ハンター

全17巻中9巻まで現在読んだ。連載時代(なお途中で週チャン購読をやめたので本作の後半は未読)もかなり毎週楽しんでいたが、改めて単行本でまとめて読むとめちゃくちゃ面白いし、すごく諸々が巧い。剣法、拳法、魔法、霊力、呪術、時空の彼方の未知のエネルギー、その混合、節操無いまでの何でも有りぶりが子供の頃は醒めた眼でながめていたきらいがあったが、なぜか中年になってみると素直にそのバラエティを楽しめる。山田風太郎とクライヴ・パーカーのごった煮のような心身限りを尽くした戦闘の血肉ちぎれ飛ぶ世界観だが、主人公とヒロインがこの上なく爽やかなので、読んでいて不思議と気持ちがいい。しかしメフィスト先生かっこいいヨネー。細馬先生の絵はやっぱ大好きだわ。あと、こんな濃いキャラをもう退場させるの?という潔さがなんとも贅沢。菊地先生の他作品で再登場してるのかもしれないが。

大奥

全19巻中3巻まで読んだ。強いられた歪な運命に心が耐えられなくなりつつあった家光に、女装した有功がジェンダーや嫉妬に振り回されることのない精神の自由さを見せて二人が寄り添う場面は、なかなか計算では思いつけない奇跡的なまでの臨場感を放っている。基本的にレディースコミックつまりメロドラマの体裁を取っているが、何代も続く徳川政権の歴史を土台にしているために歴史ものとしての読み応えも相当にある。背景や小物の描き込みも細心。ただ個人的に惜しいなと思ったのは家光が農民をより土地へと縛りつける法を述べた描写で、女には不向きとされていたであろう政事の才覚をみせるシーンだったとしても、そこには何か逡巡する感情を示してくれていた方が読者としてはさらに滑らかに入り込めたと思う。

あなたはブンちゃんの恋

全5巻。ブンちゃんが三舟さんに抱いている気持ちは性欲が伴わないので、恋というよりは執着に近いと思われる。しかしブンちゃんにとって世の中のあらゆる事がどうでもいい事(それゆえに今は幽霊となって自分につきまとうシモジの淡い想いにも気付かない)だった中で、唯一、親友の三舟さんの存在だけがどうでもよくない事だった。それを"恋"と呼んではいけない道理はたしかに無いのだった。唯一のどうでもよくない事柄である三舟さんへの思いに狂った行動を取る(第一巻でたまたま三舟さんに似ているイヌイットを探すためにアラスカに飛ぶくだりは圧巻)ブンちゃんは、悪霊を自称してブンちゃんを見守りつづけるシモジ以上に周りの人を振り回す。それは業としか表現のしようがなく、結果的には三舟さんその人にもブンちゃんと同様の迷走した行動を取らせてしまう。しかしズタボロになって退院してきた三舟さんと並んで回転寿司屋でついに告白するブンちゃんは、何があってもどうなっても三舟さんが好きだと分かったと淡々と話すブンちゃんは、これまでに見てきたどんな愛の告白シーンよりも共感できた。たとえ相手から拒絶されようと(三舟さんはブンちゃんにそれを決してしないのだが)、どんな姿に変わりはてていようと、誰かを好きでいられるという確信。それこそが人生最大の奇跡なのだと、パノラマで描かれた猥雑に地元民でごった返す昼間の回転寿司店に、すべての世界の空気が詰め込まれたあの見開きの感動はわすれがたい。