2022年8月に観た映画

神々の山嶺 ('21 フランス/監督:パトリック・アンベール)
原作の発表時点でおそらくすでに、戦後映画における男のロマン領域は過去のものという認識が為されていたように思う。谷口ジローの描くキャラクターの乾いた写実性、背景のスクリーントーンを多様した幾何学の美しさに似た遮蔽的なまでの清潔感。それらをアニメ映像に起こす際に十分な丁寧さでリファインしたという担保があってもなお、"なぜわざわざ危険極まりない山に登るのか"という現実でも虚構でもくりかえし起こされてきた問いに答えは…自分には見いだせなかった。ただ、作中で主人公が(誰にも理解されなくていい。そんな事に何の意味もない)と嘯く心情だけは分かる気がした。それは、日常でアルバイトをこなす姿や、不要であると切り捨てる方向で生きてきた人情にそれでも夢の中で悩まされる描写のさりげない挿入があってこそだったと思える。それにしてもこの映画で淡々と描かれる山の恐ろしさときたら。そしてそれとまったく無関係にひたすら美しい白と青、土色だけで構成された世界。山がある種の人々にとって何らかのメタファーとして屹立するのは、どうしようもない事なのかもしれないな。ところでミステリ要素としてもテーマ補強成分としても、マロリーのカメラ問題はいい感じに機能していたと思う。あれがなければ少し退屈しながら観たかも。

きみと、波にのれたら ('19/監督・湯浅政明)
巨大な波を背景に手を取り合う夏の若い男女。あまりにも美しく眩しいキービジュアルに騙されていたが、これは通い幽霊にとりつかれるお話じゃないすか! 湯浅監督の作品は良い意味で不気味である。彼氏が死ぬ前から、何度も何度もうたわれる作中の流行歌にもういいよ!と言いたくなってきていた。そして少々浮世離れしたところがあった彼女の視点がいよいよ主観と固定される中盤から、自分にしか見えない死んだ彼氏の幽霊を連れ歩く姿にサイコホラーのテイストを感じ取らずにはいられなくなる。でも。彼女はすごく性格のよい人当たりの正しい明るい娘っこだし、幽霊彼氏は水の中にだけ現れるという設定なため、むしろ生前のときよりも二人の愛情の交流は輝きを増したシーンで描かれる。その切なさといったら使いどころを抑えたBGMの力も加わって泣けてくるほどであった。そして彼氏の性格がすこし鬱屈した妹を助けるために、彼女が彼氏の魂の援けを得て、大波に乗るという舞台装置のスペクタクルには完全に意表を突かれた。終幕の、夏の終わりのような寂しさとともに堂々たる青春映画であった。あ、自然物のみならず人間までもときに自在なムーブを見せる湯浅アニメートは、美男美女キャラでメインを揃えた今回も健在でそこも見応えあり。