2022年6月に観た映画

オフィサー・アンド・スパイ ('19 フランス/監督:ロマン・ポランスキー)

全編に渡って演出と撮影に抑制が効いており没入感がすごい。歴史に名高い「ドレフュス事件」の内容についてはほとんど知識がなかったが、最低限の説明で理解ができるように作られていて、その中で清いわけでも腐りすぎているわけでもないパーソナリティを持つピカール陸軍情報部長が主役として置かれる。正義感からというより、なんとはなしの職業的な違和感を起点に冤罪の解明に挑むというサスペンスにゆるやかに入っていく。19世紀末のフランスの場面によっては半ば公然とユダヤ人差別の言辞がとびかう危うさは、ヘイトスピーチが日常に浸食してきている現代の空気と重ねられる。ピカールは、ユダヤ人ながら優秀な成績を修めて幹部候補となったドレフュスの学生時代の担当教官でもあったという縁の導き、また彼個人のギリギリの民主主義への矜持でもって結果的に正義の一線は劇中において(また、その下敷きとなった史実においても)引かれることとなる。それがどんなに稀有で危ういことかは、ピカールの数々の苦難の展開で派手な演出や明快なセリフがなくとも観る側に沁みてくる。沈んだ色彩と均一な光線で淡々と描かれる英雄映画。ラストシーンの愛人(彼女との直接的な濡れ場がなかったのも好みだ。別に必要ない描写だし)との会話であえて定石を外すような趣向ともども、堪能いたしました。ポランスキー、いろいろモヤモヤするクリエイターになってしまったけど本作は問答抜きで傑作。ところでピカールとかつての副官が決闘するシーン、これまで見てきたレイピアの殺陣でいちばんリアルに感じられた。あんなん刺さったら痛くて動けなくなっちゃうよー …しかしこの決闘シーン、テーマ上ではクライマックスだったかもしらん。副官はまだ人間として腐り切っちゃいない部分があったからこそ、最終的には理解しあえる可能性が出てきた。だから屋内馬場でのシーンは美しい。ひるがえって街角でつかみかかってくる売国奴の方は掬いようもないってことやね。後者はともかく、前者をいかに民主主義の原則へ引き寄せるか。これは現実社会での大きなヒントでもあると思う。