2022年5月に読んだ本

東京ゴースト・シティ

人気のある都市というのは、大概が過去に生きた人々の痕跡がじんわりと肌で感じられる。知日家でもあるナンセンス小説の名手ユアグローが、出版社の招へいに応じて短期逗留した東京都内の各所をモデル(エピローグでは思わぬ場所に意外な人選とともに跳ぶが、エトランゼとしての自意識が為せる業かもしれない)に、過去と現在とひと昔とちょっと先の未来とがマーブル模様に交じりあうTOKIOの喧騒を幻視しつつ居酒屋巡りで喰いだおれる。もっと遠慮のない観察眼がそのまんま出ていても良かった気がするけど、友人の多い国への半ばエールもこもった創作エッセイとしては十分楽しい。

 

ヌマヌマ

ロシア文学の翻訳者であり、第一線の愛好者でもある沼野夫妻による、現代の精鋭たちの短編アンソロジーサイバーパンクあり、詩情実存あり、リアリズムあり、越境者文学あり、サイコホラーありで、その幅広さ自体に今まさに隣人としてあるロシアの等身大の姿がこれまでにない鮮明さでイメージされてくる。夏に過ごす畑付きの質素な別荘、当然の帰結としてほぼ汚いものだけで構成される学生寮という名目の貧民アパート、相互監視のうっすらとした緊張感の漂う都市のルーティーン。これまでとは違う解像度で紹介される近くて遠い大国の姿に、そこで綴られてきた儚さと強靭さとを併せ持つ文学の営みに、あらためて魅了された。特に、時空をシームレスに行き来する超絶技巧を難なく駆使する『バックベルトの付いたコート』(ミハイル・シーシキン)はオールタイム・ベストもの。ほか、語りの騙りを用いた『空のかなたの坊や』(ニーナ・サドゥール)も人物像への適度な距離感がユーモアと哀切を生んでとても佳い。