2021年11月に読んだ本まとめ

TOKYO REDUX  下山迷宮

日本の戦後を象徴する事件を題材にした三部作の最終巻。本書第一章は事件の捜査に直接係わったCID所属アメリカ人の高熱に浮かされるような視点、第二章は警官くずれの私立探偵が下山事件を小説化したのち消えた作家を追う中で巻き込まれる陰謀の影、第三章は事件のすべてを俯瞰する立場にいながらも、目を背け続けることでやがて自らの生そのものから追い詰められる老教授の最期の日々。叙述と文体のスタイルが章ごとに変わり、そのパスティーシュ元もまた戦後の日米の時系列を辿っているのではないかと思う。第一章はアメリカ暗黒小説の短く区切られた文節で離人症のような不安を募らせ、第二章は日本の異常心理探偵小説の娯楽性でスピード感を高め、第三章では川端康成のように抑制された抒情文体で寒々とした冬の街とひとりの男の心情を重ねていく。作者は実際にアメリカ本国で公開された文書(しかし下山事件に関しては特例で閉ざされている頁が多いという)を調べた上で、しかし淡々と飽くまで創作小説へと昇華するために技巧を用いる。それは大きな暗い洞の周りをたどるような道。さながら皇居に沿ってグルグルと無言で走る現代のジョギング愛好者たちのような。

 

人類最初の殺人

ラジオ番組の体裁を取ることで、一定の決まり文句によって安心感のある導入がまず上手い。本文から語り終わりに至るまでそのスタイルで統一されているので、かえって研ぎ澄まされるミステリーへの興味と先の展開への待ち遠しさ。小説というのはまずもってヒマつぶしのための読む娯楽なんだ!という伸び伸びとした気持ちで全5編を読み終えられた。ストーリーの中で語られる歴史が、どこまでが事実かどこが創作なのかが一見して分からない巧妙さも、こちらからすすんで木で鼻を括られるような楽しさがある。また、構成が後に行くほどに人物たちの決意の堅さや心情のたかまりのゲージが上がっていくのも、演出として心にくいばかりだった。

 

ジェンダーと脳

研究データを引き合いに脳に生物学上の性別特徴といえるものは実際のところ無いと説明しつつ、それとは逆にいかに現実の場面で不正確な脳科学談話を元にジェンダーが強化され再生産しているかを解き明かす。全体として読みやすくはあったが、章を細かく区切ることでかえって内容の重複が気になるところはあった。ストレスによってニューロン樹状突起が増大されるという脳の生後の可塑性の高さについてのくだりが印象に残る。産まれ落ちた後は形状が固定される生殖器と違って、脳は生きていく中で器質を変化させていく。そこから導き出される科学的見地は、脳に個人ごとの偏りはあるが、性別差というものはデータとして認められないということだ。