2020年3月に読んだ本まとめ


雲 (海外文学セレクション)

雲 (海外文学セレクション)

主人公が取りつかれる黒曜石のような「雲」が作品上で何を意味しているかは読み進めていく内に明らかになる。現実の人間そのままに次々と現れては計り知れない思考を示して去っていく登場人物、奥行き豊かに博物学的に広がる舞台の数々。ビルドゥングスロマンとして感慨を立ち上らせると同時に、ミステリーの一つを文間に隠したまま物語は閉じる。人はいつだって家庭という土台を意識の光に照らしきれないものゆえ、主人公はドメスティックな疑念をついには言葉に昇らせないままだ。


ジャーゲン

ジャーゲン (マニュエル伝)

ジャーゲン (マニュエル伝)

マニュエル公が治める王国で、第二王女にかつて恋していたが今は冴えない中年男となった質屋のジャーゲン。とあるきっかけで口うるさい妻を探して洞窟に入る羽目になった彼は、神話に伝承そして自身の記憶を反映した世界で華々しくもアイロニカルに冒険を繰り広げる訳だが、現代の読者にはやや冗長。銅版画に似たタッチで軽妙さと伝統性を併せ持った魅力的な挿し絵がもっと多くて、章の数が三分の二だったらもっとテンポよく読めるのになと感じた。しかし当時つまり百年前の読者ならば、一章ずつナイトキャップ替わりにちょうどいいと枕元に置いて思ったかもしれない。ともあれジャンルに詳しい訳者の解説はかなり興味深かった。