ももへの手紙('12/監督:沖浦啓之)

冒頭、フェリーの甲板で潮風になぶられる少女の健康的な足首に意識が引き付けられる。そこにある空気感は、あるいは実写以上に濃いものだ。なぜならアニメーション映画である本作は、一から人の手によって描き出され構築されているのだから。ストーリーは至ってシンプル。構成も、謎解きの解決に似た感触こそラストに用意されているとはいえ、ドラマの大きな波風がやや不足しているのではないかとやきもきするほどに平静なものだ。泣いたり大声を上げたりするシーンが目立たないのはむしろ作り手の品の良さの表れだと思うが、お茶の間のテレビモニターで観るには物足りない造りではあるかもしれない。劇場で観るべき作品、まずはそれに尽きる。それにはもう一つ理由があり、音づくりが非常に繊細なのだ。特に室内での所作にともなう生活音が実にリアルで、それを体験するためにもやはり映画館の音響設備で味わってほしいと思う。脚本面の話をすれば、ももと同世代の少年があまりにも物分りがよすぎるというか、包容力がありすぎるのではないかという点と、ももが子供ながら挙動不審を何度も見せるうえ、共同体の構成員の持ち物を結果的に壊してもその容疑もまったくかからなかったりとご都合主義さもややあるが、実際のところ今となってはあまり気になっていない。ここまで丁寧に象られた長編動画は、それ自体がまるで日々の生活をなぞり愛でて感謝するための供物のように思われるからだ。ちょうど、劇中で港町の人々が祭りに向けて作っていた藁舟のように。最後に、この映画のジャンルを挙げるとすれば「妖怪ファンタジー」となるだろうが個人的には「母娘もの」という方を推したい。小学校高学年の娘と、まだまだ若さのある母の一対一家庭という難しそうな題材にさりげなくもがっぷり取り組んでいたと思う。