パターソン('16 アメリカ/監督:ジム・ジャームッシュ)

あなたが乗ったバスの運転手は、余暇や始業前に詩を手帳に綴る趣味を持っているかもしれない。今暮らしている相手とは、もしかしたら出会えた事そのものが奇跡かもしれない。今日というタイミングで、あるいは仕事にめったにない物理的なトラブルが起きるかもしれない。上機嫌でお祝いから戻ったあと、愛するペットに取り返しのつかない粗相をされているかもしれない。そして初めて会った旅行者から、思わぬ啓示を受けたりするかもしれない。ありふれた事は大切に人々が積み上げてきた物でもあった。今だからこそ作られた穏やかで、なおかつ輪郭がしっかりとした映画。

残像('16 ポーランド/監督:アンジェイ・ワイダ)

戦後ポーランドに吹き荒れるスターリニズムの嵐。個人として、芸術家として痩せ我慢の自由を貫こうとする主人公が、暮らし生きるために必要な権利を少しずつ奪われていく様子が、あからさまな悪役が出ないがためにかえって戦慄を呼ぶ。じわじわと広がっていく集団主義(あまつさえ、唯一の肉親である小学生の娘までパレードに出るためにおしきせの制服を嬉しそうに見せにくる)の描写がなによりも怖ろしい映画だが、網膜に焼き付けられる残像は、それでも折れない画家の誇りの方だ。何を目に映し、結んだ像をどう焼き付けるかはこの映画を観た者に委ねられている。なお、主人公の娘の存在がごく自然に描かれていて唯一の息抜きになっていた点は、この作品の家族ものとしての側面として伝えたい。